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建築行政と耐震偽装問題 ─建築基準法改正と今後の課題─

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都市科学研究所 鈴木繁康(東京)

耐震偽装事件はさまざまな憶測を呼んだが、司法的には姉歯元建築士の単独犯行ということで落着した。しかし、これが組織的な犯行であったとしても、特定行政庁や指定確認検査機関の建築確認の審査が確実に行われていれば、このような事件は発生しなかったはずである。
一方、事件を受けて平成8年6月には建築基準法や建築士法が改正され、8月には社会資本整備審議会の答申が公表された。これらの状況を踏まえて、今後の建築行政のあり方と今後の課題について検討してみたい。

1 建築確認検査体制の現状と課題
まず、耐震偽装事件が発生した背景を再確認しておこう。第一の原因は、審査担当者の能力または審査技術に問題があったことであり、第二の原因は、指定確認検査機関制度の導入によって建築確認の審査、検査が商品化されたことである。
審査能力の問題とは、法令に対する知識である。耐震偽装事件でいえば構造計算に関する知識である。指定確認検査機関や特定行政庁の担当者の審査能力は一律ではない。個人の知識と経験に頼っているのが現状である。これは組織的な研修などで審査担当者を育成するシステムが行われていないためであった。
審査技術の問題とは、審査する視点の問題である。今回の耐震偽装事件では、十分に経験を積んだ構造計算の審査担当者を多数抱えている指定確認検査機関でも審査を誤っている。構造設計事務所のOBである彼らは、いわば「経済設計のエキスパート」なのである。
そのエキスパートがなぜミスを犯したのかという疑問に答えなければならない。まず、同じ条文でも使う人の立場によって、異なる解釈が成り立つことがあげられる。審査の立場で言えば、行政庁の担当者はできるだけミスを犯さないために、慎重に審査するであろう。一方、指定確認検査機関の担当者は、明らかに違法でなければよしとするであろう。
まして経済設計のエキスパートともなれば、姉歯物件を優れた経済設計であると思うかもしれない。事実、札幌市内では3棟のマンションが解約された。構造計算は適法であるが安全であるとはいえないためだという。これは限りなく姉歯物件に近い設計が合法的に建築されている証左である。
指定確認検査機関制度が創設され株式会社による建築確認・検査が実施されるにいたって、建築確認の審査、検査は商品化された。株式会社にとって最良の商品はスピード、つまり審査期間の短縮である。また、法令の運用解釈の基準を「明らかに違法でない」水準に落とすことである。建築基準法の基準は「最低限度の基準」であるにもかかわらず、安全率を見込むことを考慮していないのである。
しかし、見方を変えてみると、これら指定確認検査機関による審査方法は、国民のニーズにかなっているものでもある。少しでも早く安く建築物を建てたいという希望は、建築会社でも建築主でも変わりはない。役所に行くと駄目だといわれることも、指定確認検査機関ではすんなり通ることがある。建築士がしっかり設計している図面を、役所は時間をかけてケチをつける。こういう不満を解消するために指定確認検査機関制度は作られた。
ところが今回の事件でようやく構造計算の審査期間が法定の2 日では足りないことがクローズアップされた。法改正によって構造計算を必要とする物件の審査機関は、2 日間から35日間に延長され、場合によっては70日間まで延長できることになった。役所の真面目な(融通が利かないといわれてきた)構造担当者は胸をなでおろしていることだろう。

2 建築基準法改正と建築行政の行方
今回の建築基準法改正により、指定確認検査機関に対する監督権限が強化された。他方、指定確認検査機関の責任のあり方は明確にされていない。結果として、地方自治法及び特定行政庁は一方的に大きな負担を背負い込んだことになった。
一方的に国家賠償責任の当事者になることが一層明確になった。また、立入り検査権限が明確に規定されたため、指定確認検査機関による確認検査処分に対する責任も問われることになった。

(1) 東京都の国への要求と改正法
まず、自治体の要求と法改正の結果について考察してみたい。例えば、東京都は平成7年2月4日「構造計算書偽装事件に関する国への要求について」と題する要求書を国交省に突きつけている。
「今回の問題は、一級建築士による構造計算書の偽装という職業倫理にもとる許しがたい行為に端を発したものであるが、その背景は、国が指定した民間確認検査機関の審査に自治体が関与できない仕組みとなっていることや、国の指定確認検査機関への指導・監督が不十分であったことなどにある。もはや建築確認制度そのものへの国民の信頼が揺らいでいる状況であり、国はその責任において、徹底的な制度の検証と見直しを行うべきである」とし、建築基準法に関して「次の事項を速やかに実施するよう強く要求」したのである。

1 (省略)
2 今回の問題の全容を解明するとともに、法に抵触する行為があれば厳正な処分を行うこと。また、このような事件の再発を防止するため、行政処分の一層の厳格化並びに罰則の強化を図ること
3 国の指定確認検査機関制度をはじめとし、建築確認・検査制度全般にわたり、徹底的な検証と見直しを行い、信頼性の高い構造計算プログラムの開発や、さらには建築士制度の見直しを含め、実効性のある再発防止策を早急に実施し、もって信頼される建築行政の確立を図ること


(2) 要求事項と法改正
要求事項2の「行政処分の一層の厳格化並びに罰則の強化行政処分の一層の厳格化並びに罰則の強化」については、東京都がどの程度のものを想定していたのかは不明であるが、建築基準法及び建築士法において罰則の強化が図られている。
要求事項3の後半部分に関しては建築基準法20条等における構造計算の方法の見直し並びに構造計算適合性判定制度の創設などが対応している。
ただし、前半部分の「国の指定確認検査機関制度をはじめとし、建築確認・検査制度全般にわたり、徹底的な検証と見直し」には手が付けられていない。緊急委員会と基本問題部会による報告書でも、指定確認検査機関に対しては中間検査率の向上などに着目して一定の評価を下しているにすぎない。例えば、日弁連が主張している「指定確認検査機関制度の廃止」等の制度の根本に関わる検討は行われていない。

(3) 地方自治体の国家賠償責任
東京都が要求事項3において「国の指定確認検査機関制度」の「徹底的な検証と見直し」を要求した背景の一つに平成7年6月に下された最高裁判決問題がある。
この裁判の概要は次のとおりである。横浜市内のマンション建設に対して周辺住民が指定確認検査機関を相手取って確認の無効を争っていた。しかし、裁判の途中で当該マンションは完成してしまう。そこで原告は訴訟内容を損害賠償請求に変更し、同時に訴訟の相手方を指定確認検査機関から横浜市に変えようとした。一審、二審ともに原告の主張が認められた。これに対して横浜市が最高裁に抗告した。裁判の主要な争点は、抗告人である横浜市は本件建築確認等について行訴法2 条1項の「当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体」に当たるか否かであった。しかし、最高裁の判決でも自治体が損害賠償の被告になるという判決が出てしまったのである。判決の理由は次ページのとおりである。
この判決によって、指定確認検査機関が行った建築確認、完了検査及び中間検査に関する損害賠償請求訴訟において、地方公共団体は常に被告になり得ることが確定した。今回の耐震構造計算書偽装事件においても、複数の地方公共団体がマンション販売業者及びマンションやホテルの所有者から損害賠償請求の訴訟を起こされている。

最高裁判決平成7年6月24日
2 理由
建築基準法6条1項の規定(中略)に基づく事務建築主事による確認に関する事務は、地方公共団体の事務であり(同法4条、地方自治法2条8項)、同事務の帰属する行政主体は、当該建築主事が置かれた地方公共団体である。
そして建築基準法は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて、指定確認検査機関の確認を受け、確認済証を受けたときは、当該確認は建築主事の確認と、当該確認済証は建築主事の確認済証とみなす旨定めている(6条の2 項)。また、同法は指定確認検査機関が確認済証を交付したときはその旨を特定行政庁(建築主事を置く市町村の区域については当該市町村の長をいう。2条3項)に報告しなければならない旨定めた(6条の2第3項)上で、特定行政庁はこの報告を受けた場合において、指定確認検査機関の確認済証の交付を受けた建築物の計画が建築基準関係規定に適合しないと認めるときは、当該建築物の建築主及び当該指定確認検査機関にその旨を通知しなければならず、この場合において、当該確認済証はその効力を失う旨定めて(同条4項)、特定行政庁に対し、指定確認検査機関の確認を是正する権限を付与している。
以上、建築基準法の定めからすると、同法は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることの確認に関する事務を地方公共団体の事務とする前提に立った上で、指定確認検査機関をして、上記の確認に関する事務を特定行政庁の監督下において行わせることとしたということができる。そうすると指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務であり、その事務の帰属する行政主体は、当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である。


これに対して建築基準法改正では、指定確認検査機関の指定時点での資力信用調査はあるものの、建築物に対する損害賠償責任に関する規定は見当たらない。

(4) 指定確認検査機関の損害賠償
指定確認検査機関の資力信用とはいかなるものであろうか。例えば、EUにおける性能評価機関はその設立認可時点において、70億円もの資金を供託している。この供託金は性能評価機関の審査ミスに起因する事故等が発生した場合の損害賠償に当てられる。これを指定確認検査機関制度に照らしてみるならば、おそらく00億円を超える供託金が必要なのではないだろうか。
次に、指定確認検査機関の損害賠償責任の規定について考えてみたい。最高裁判決は、「指定確認検査機関の確認を受け、確認済証を受けたときは、当該確認は建築主事の確認と、当該確認済証は建築主事の確認済証とみなす旨定めている(6条の2 項)」。したがって「指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務であり、その事務の帰属する行政主体は、当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である」と判決している。
この論法でいけば、どのような条文を設けても最終的な損害賠償責任は地方公共団体に戻ってくる。つまり、建築基準法6条2 項のみなし規定がある限り、地方公共団体は指定確認検査機関の行った確認検査に全責任を負わなければならない。
一方、それぞれの責任をそれぞれが分担するためには、法6条2 項のみなし規定を廃止しなければならない。確認検査の権限を分離するということは、地方自治体が自治事務の一部を放棄することになる。

(5) 建築確認検査の本質
ここで考えなければならないことは、建築確認検査は権力行政なのかそれともサービス行政なのかという見極めである。
静岡大会で米国西海岸における中間検査制度が紹介された。ここで、建築行政の担当者の言葉が紹介された。「国民の安全を確保するためには検査権限の民間開放など考えも及ばない」。権力行政による厳格な検査を実施することにより、国民の安全を確保するとの明確な意思表示である。
これに対して、早く安く建築物を建てたいという国民の要求に応えるためには、サービス行政に徹することも必要であろう。ただし、国民はいつブタを掴まされるか分からない危険性にさらされる。
平成8年8月3 日、社会資本整備審議会は国土交通大臣に対して「建築物の安全性確保のための建築行政のあり方」を答申した。この答申の弱点は、指定確認検査機関制度ありきの検討に終始したことである。東京都が要求した「国の指定確認検査機関制度をはじめとし、建築確認・検査制度全般にわたり、徹底的な検証と見直し」は、ついに行われなかったのである。本来であれば、建築確認検査制度の性質を見極め、指定確認検査機関制度の廃止あるいは大幅な権限縮小を視野に入れた検討が行われるべきであった。

(6) 特定行政庁相互によるピアチェックの実施
耐震構造計算書偽装事件では、指定確認検査機関のみならず多数の特定行政庁の建築主事による審査ミスが露見した。現在、どこの行政庁でも指定確認検査機関の確認件数の増加に反比例して確認件数は減少している。確認件数の減少は職員定数の査定に直結しているため建築行政担当者は減少している。また、ベテラン職員が退職年齢に達している。新人を育成しようにも審査物件が少ないためそれもままならない職場が多い。
このような厳しい状況のもとで建築主事の責任だけが増大している。審査検査能力と権限の重さが均衡しないのである。今回の法改正によって特定行政庁による指定確認検査機関に対する監督権限が付与された。しかし、弱体化した特定行政庁の職員が指定確認検査機関を監督することは容易な業ではない。
そこで行政庁の審査検査能力を確保する方策として、特定行政庁相互によるピアチェックが考えられる。例えば、都道府県の特定行政庁による市町の特定行政庁への立入検査の実施、あるいは都道府県、政令指定都市の特定行政庁相互間におけるピアチェックの実施が有効であろう。
チェック項目は、「確認審査等に関する指針」に基づく審査検査の実態の検証である。また、構造計算、避難検証法、天空率など難解な条文に対する担当者の審査能力の検証も必要である。そのためには審査済みの物件の抜き取り検査も行わなければならない。厳しい提案であるが指定確認検査機関を監督するためには、自らの体制を厳しく見直さなければならないのである。

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