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◎シックハウス問題対談 「裁判におけるシックハウス症候群・化学物質過敏症の位置づけ」               池田浩己医師(関西医科大学)/中島宏治(大阪・弁護士)

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シックハウス問題対談
裁判におけるシックハウス症候群・化学物質過敏症の位置づけ─裁判と医療の現場から─
弁護士 中島宏治(大阪)

1 はじめに
シックハウスが問題となる裁判では、必ずシックハウス症候群・化学物質過敏症の定義や予見可能性が議論されます。今回は、池田浩己医師(関西医科大学 耳鼻咽喉科/日本赤十字社和歌山医療センター)をお招きして、裁判と医療の現場からレポートする形で対談を組みました。対談を正確に再現している訳ではあ りませんが、発言要旨を記します。
このような試みは初めてで、今後のシックハウス裁判の参考となることでしょう。

2 対談内容
(1) シックハウス症候群・化学物質過敏症の病像論について
中島 池田先生はシックハウス症候群ないし化学物質過敏症の患者さんの診察をこれまでどれくらい行っているのでしょうか。
池田 2002年に学会で発表したときにまとめた結果では、一年間に関西医大アレルギー外来を受診する新患患者約200人のうち1割弱がシックハウス症候群ないし化学物質過敏症の患者でした。これまでのべ70名位の新患患者さんを診ていると思います。
中島 来られる患者さんはどのような症状の方々が多いのでしょうか。
池田 粘膜の刺激症状、例えば目がちかちかするとか、口が乾くとかいろいろあるのですが、家が原因でそういう症状が出てく る、というだけで終わればまだいいのですが、長い経過あるいは大量に暴露して症状が進んでくると、多種、多様ないろんな物質に反応してしまう状態になって きます。このような患者さんがおられます。
中島 資料をご覧下さい。平成16年2月にできた報告書に書かれているMCS(多種化学物質過敏状態)に関する臨床研究報告の症状(※1)は、だいたい池田先生の経験されるものと同じでしょうか。
※1 MCSに関する臨床研究報告(「室内空気質と健康影響 解説シックハウス症候群」編集:室内空気質健康影響研究会、発行所:株式会社ぎょうせいp.24)
「MCSとして報告されている症候は多彩である。粘膜刺激症状(結膜炎、鼻炎、咽頭炎)、皮膚炎、気管支炎、喘息、循環器症状(動悸、不整脈)、消化器 症状(胃腸症状)、自律神経障害(発汗異常)、精神症状(不眠、不安、うつ状態、記憶困難、集中困難、価値観や認識の変化)、中枢神経障害(痙攣)、さら に頭痛、発熱、疲労感等があり、これらの症候は、同時にもしくは交互に出現する。」

池田 はい、まさにそのとおりです。私は耳鼻科ですので、耳や鼻の症状を中心に診察しています。また、アレルギー科も担当していますので、喘息とかアトピー性皮膚炎などを訴える患者さんにも対応しています。
中島 最初にシックハウス問題に取り組んだとき、患者さんが病院のどこの科に相談に行けばよいのか分からなかったという経験がありますが、このあたりはいかがでしょう?
池田 患者さんは症状が出てどこに行くか考えるのですが、経験した症例では、内科に行って自律神経失調症と言われた、産婦人 科医に行って若年性更年期障害と言われた、脳神経外科に行って緊張性頭痛と言われた、耳鼻科に行ってメニエル病と言われた、各科にいって薬をもらったがど うも効かない、といったケースがありました。その患者さんは問診の時に家を引っ越したという話がなかなか出なかったのですね。たまたま娘さんもアトピーが 治らないので一緒に診て下さいとうちのアレルギー科の外来に来て、よく聞くと家に引っ越してから調子が悪いことが分かってきました。その方は2年間いろん な病院に行っても原因が分からなかったということでした。それだけ問診というものが重要だと思います。忙しい外来の現場ではなかなか難しいのですが。
中島 この関係の第一人者の北里研究所病院の先生方は、かなり古くから熱心に取り組んでおられますが、基本的には眼科の先生だと考えてよろしいでしょうか。
池田 そうですね。眼科的な観察を中心に、化学物質による健康障害のある患者さんにきっちり対応していただいてる数少ない先生方と認識しております。

(2) 化学物質過敏症の診断基準について
中島 化学物質過敏症の診断基準の話をしたいのですが、厚生省が主催した研究班で北里研究所病院の石川先生らが中心になって作った97年ごろの診断基準についてどう思いますか。
池田 当時私もどういう基準で診断したらよいか、いろいろ探してご紹介の診断基準があるというのを聞いて、医事新報という雑誌にも載っていましたので化 学物質過敏症の診断基準を入手することができました。基本的にその考え方によって患者さんを診ています。ただし、化学物質過敏症とシックハウス症候群は同 じではないと考えています。
中島 診断書や意見書を書いて欲しいという依頼が多いと思いますが、どのような手法をとっていますか。
池田 診断書については、診断基準がきちんとしてないから基本的に書きません。ただ、空気環境が悪くて健康障害があるといういうケースであれば、意見書は書いたことがあります。1年近くは診ないとなかなか判断できないのが現状です。
中島 具体的には「問診」を重視していくということになると思いますが、弁護士の目から見ると問診という自覚症状だけでなく、他覚所見がどれくらいあるのかという点が気になりますが、その辺は現場はどのように考えておられますか。
池田 先ほどの97年ごろの診断基準には、自覚症状の他に検査項目が6つくらいあるのですが、全部は実施できません。そのう ちの2つは耳鼻科でもできますので、それを複数回繰り返して、異常が認められるようなら、化学物質過敏症の症状に近い、疑いがあるという思いを強くして、 どうすれば治るかをいろいろ試してみます。
中島 先ほどから「97年ごろの診断基準」という言葉が出ていますが、これは資料の内容が盛り込まれている報告書(前出:「室内空気質と健康影響・解説シックハウス症候群」)に載っているので参考にしてください。
筆者注)報告書p.31の表2
「化学物質過敏症の診断基準(平成8年厚生省長期慢性疾患総合研究所事業アレルギー班)」
A:主症状
持続あるいは反復する頭痛など4項目(略)
B:副症状
咽頭痛など8項目(略)
C:検査所見
副交感神経刺激型の瞳孔異常など5項目(略)  上記の主症状2項目+副症状4項目か、主症状1項目+副症状6項目+検査所見2項目が陽性であることで診断

(3) 裁判における化学物質過敏症について
中島 実際の裁判では、この診断基準を使いながら、北里研究所病院の先生に意見書や診断書を書いてもらって、それを裁判所に 提出して病像論の立証としています。ここで1つの裁判例を見ましょう。資料の判例時報(平成10年横浜判決)の内容を少し説明します。結論として請求は棄 却されていますが、原告の化学物質過敏症の罹患を認定しています。この理由をみると、具体的な症状の流れ、建物の入居時期、北里研究所病院の医師(宮田教 授)の診断書、意見書あたりを重視しています。この宮田先生の証言の時期は平成9年で先の診断基準が出た頃なのですが、その時期でも裁判所は「宮田教授の いう化学物質過敏症」という限定付きですが、化学物質過敏症の罹患を認めています。その後にいくつかシックハウスの判例は出ていますが、基本的にはこの枠 は変わっていません。

(4) 厚生省報告書について
ところで、平成16年2月に報告書が出てからもこの裁判例の流れが維持されるのかという点が弁護士の関心事です。つまり、この報告書が出てから、業者 あるいは行政が相手の主張の中に引用されています。どんなことが主張されているかというと、シックハウス症候群や化学物質過敏症は医学的にまだ未解明であ る、病気自体もよく分からない、そのよく分からない病気について予見することも困難である、といった主張です。このあたりを裁判でどう反論すればよいかと いう点を一緒に考えていきたいのですが、まず、今回この報告書が出たこと自体を知っている方が少ないと思いますので、池田先生と一緒に、その内容を確認し ていきたいと思います。
まず、「化学物質が生体に及ぼす影響については、これまで中毒とアレルギー(免疫影響)の2つの機序が知られている。MCSをめぐる医学上の議論の要 点は、非アレルギー性の過敏症と考えられる化学物質の第3の健康影響機序の存在の当否にある。」という指摘については、池田先生、だいたいこの理解でよろ しいですか。
池田 理解としてはこれでいいと思います。若干補足しますと、中毒というのは、サリン事件でも分かるように本人の特性に関係 なく量が多ければ発症する場合、アレルギーというのは、中毒まではいかないけどある程度の量が入った場合に、本人の体質によっては症状が出る人と出ない人 がいる場合です。典型的な例ではスギ花粉症の例です。スギ花粉症の場合でも季節が違うなど量が少なければ発症しないものです。これに対して、化学物質過敏 症は、量が少なくてアレルギーが発症しない程度でも健康影響があるケースで、アレルギー学でも説明できないような現象が起きています。こういう問題だとい うことですね。
中島 今までの中毒学とアレルギー学で説明できない状態の研究はアメリカでもなされ、「コンセンサス1999」という考え方が示されています。これは日本の学会ではどのように位置づけられていますか。
池田 このアメリカのコンセンサスは個人的には良いと思っていますが、日本の学会ではあまり議論されていません。バックグラウンドが違うという点もあるし、その前に日本では97年(あたり)の診断基準が示されたというのも理由だと思います。
中島 この報告書のまとめとして、「本研究会としては、微量化学物質暴露による非アレルギー性の過敏状態としてのMCSに相 当する病態の存在自体を否定するものではないが、化学物質過敏症という名称のこれまでの使用実態に鑑みると、非アレルギー性の過敏状態としてのMCSに相 当する病態を示す医学用語として、化学物質過敏症が必ずしも適当であるとは考えられない。」「今後、既存の疾病概念で説明可能な病態を除去できるような感 度や特異性に優れた臨床検査法及び診断基準が開発され、微量化学物質による非アレルギー性の過敏状態についての研究が進展することを期待したい。」という 記載があります(報告書31ページ)。
この議論がすでに業者側あるいは行政側から引用されているのが現状ですが、これをどう思いますか。
池田 この報告書が出たので何か治療に役に立つことが書いてあるかと思って読んでみましても「だからどう」というのが書かれ ていません。明日来た患者さんにどうしたら良いのかこれを読んでも分からないというが正直な感想です。現実的にはおそらく化学物質過敏症であろうと考えら れる患者さんでもアレルギーとかアトピー性皮膚炎があれば除外されてしまう可能性もあり、現場としては歯がゆい感じが否定できません。
中島 実際に裁判に出て僕ら弁護士がどう言うかというと、患者の存在は否定していないということを押さえる必要があります。名称はともかくとして石川先生や宮田先生らが言っていた「化学物質過敏症」の存在は否定していないのがこの報告書であると言えます。
定義付けの問題で未解明な部分はあるが、病態としては臨床事例も積み重ねられている、以前から認められたものである、予見可能性としても問題ないと主張しています。

(5) 診察できる病院について
中島 最後に、化学物質過敏症を診ることのできる病院はどこにあるのかについて教えてください。
池田 設備の問題からして、現場の医者としては北里研究所病院に行ってもらうのが一番早いです。実際は症状の重い方々は東京 まで新幹線に乗って行けないのが現状です。北里研究所病院以外では、東京労災病院、関西労災病院、南岡山医療センター、福岡病院、相模原病院などがありま す。ただし、検査できる設備はあっても実際に診断できる医師がいるかというソフトの問題は課題として残っています。
中島 「シックハウスがわかる」という大阪建築三団体が編集した本の池田先生の執筆部分に病院の連絡先等が載っているので参考にして下さい。これで対談としては終了します。あとは質問があればどうぞ。

(6) 質疑応答
田中 大阪の弁護士の田中です。報告書の中に「室内濃度指針値をわずかにこえる場合でもシックハウス症候群になるとは限らな い」といった趣旨の記載があるのですが、たとえばホルムアルデヒドの指針値0.08ppmの2倍ならどうなのか、3倍ならどうなのかといったあたりはどう でしょうか。また、ホルムアルデヒドでアレルギーが出た事例はあるのでしょうか。
池田 医師が指針値を計ったりしているわけではないので、詳しいことは分からないのですが、指針値を超えていても体に異常が 出ない方は現実にいると思います。逆に指針値を超えたら直ちに発症するといったものでもないと思います。ホルムアルデヒドからアレルギーになった方は、僕 は経験はありませんが、ホルマリンからアレルギーを発症したという報告はあります。
吉岡 弁護士の吉岡です。質問というよりお願いなのですが、被害者を救済するために裁判を起こすときに「損害は何なのか」と いう問題に突き当たります。医師は医師、弁護士は弁護士で縦割りであれば問題の解決につながらないと思いますので、何か医師と弁護士で共同して研究を深め て、だいたい何年くらいしたら症状固定をすればよいだとか、症状固定したらあとは後遺症の問題で何パーセントの後遺障害があるかとか、そういう勉強会をす る必要があるのではないかと思うのですが、そのあたり中島さんどうですか。
中島 実はまさにそういう作業をしている最中です。シックハウスではないですが、看護士さんの化学物質過敏症の事例で、労災 はおりているのであとは裁判で損害論が問題となっているのですが、症状固定をどうするのか、後遺症をどうやって主張するのかを池田先生と共同しながら研究 しています。ただ、実際には難しくて、いろいろ議論しながら慎重にやっています。特に損害論については、労災でもまだ後遺症の事例は一件もなくて、労働局 の担当者も来たらどうしようということを考えていると聞きます。後遺症に関しては、労基署ではなくて、裁判例で先例を作ってしまって労基署の基準に落とし ていくといった工夫が必要かと思っています。
池田 普段の仕事の中で損害というものをそもそも考えたことがありませんでした。後遺症の考え方は労働能力が落ちていること をどう評価するかという観点なのですが、診察場で聞いている範囲ではとてもフォローできないです。その人が毎日どういう生活をしているかとか、住まい方と か職場環境を考えていかなければ解決できない問題だということを現場では考えなければならないなあ、何とかしないといけないと思っている毎日です。

3 対談を終えて
短い時間ながら、実務に即した充実した対談になったのではないかと思っています。病気の存在にしても、因果関係の議論にしても、予見可能性の議論にし ても、医学的な厳密なレベルと法律的に救済すべきかどうかのレベルには自ずと差があります。シックハウスや化学物質過敏症の裁判をするにあたっては、この レベルの差を常に意識する必要がありますが、この対談を通して、医療と裁判の現場の感覚をある程度つかめたのではないかと思います。
質疑の最後で問題提起のあった、医師と弁護士の共同研究という作業は本当に重要ですし、簡単ではないですが一定の成果が出つつある段階です。今後も議論を深めていきたいと改めて思っているところです。
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