シックハウス問題部会からの報告 |
中島宏治(大阪・弁護士) |
昨年5月の札幌大会にてシックハウスをメインテーマに掲げたことをきっかけに、シックハウス部会が誕生した。札幌大会では基調報告や被害者の訴えを中心に基本を押さえた(ふぉあ・すまいる10号「シックハウス問題の経過と到達点」参照)。昨年11月の長野大会では、「勝てるシックハウス訴状作成法」「勝てるシックハウス鑑定書作成法」を研究した(ふぉあ・すまいる11号参照)。 今回の高知大会では、これまでの裁判例のまとめと新しい事例報告を行った。 1 シックハウス判決の概要 (1)横浜判決(横浜地裁平成10年2月25日判決) 建物賃借人が賃貸人に対し、新築建物に使用された新建材等により化学物質過敏症に罹患し退去せざるを得なくなったとして、貸主の債務不履行に基づく損害賠償をもとめた事例において、借主の請求を棄却した判決である。理由は次のとおり。 「①化学物質過敏症がごく最近において注目されるようになったものであり、未だ学会においてすら完全に認知されているとは言い難い状況にあること、し たがって、本件建物建築当時の平成5年6月ころの時点において、一般の住宅建築の際、その施主ないし一般の施工業者が化学物質過敏症の発症の可能性を現実 に予見することは不可能ないし著しく困難であったと認められること、②本件建物に使用された新建材等は一般的なものであり、特に特殊な材料は使用されてい なかったと認められること、③化学物質過敏症は一旦発症すれば極めて微量の化学物質でも反応するものであり、そうすると、その発症を完全に抑えるためには 化学物質を含む新建材等をほとんどないし全く使用せずに建物を建築するほかないことになるが、一般の賃貸アパート等においてそのような方法を採ることは経 済的見地からも極めて困難であり、現実的ではなかったと考えられること、④被告ないし施工業者である株式会社A等は、原告から本件建物の臭気について指摘 を受けた際、換気に注意するよう指示したり、空気清浄機を設置するなど一般的な対応はしていること、⑤化学物質過敏症の発症は各人の体質等にも関係し、必 ずしも全ての人が同一の環境において必然的に発症する性質のものではないことなどの事実が認められ、これら事実関係からすれば、本件建物建築当時、被告 (ないしその受注業者たる株式会社A等)が化学物質過敏症の発症を予見し、これに万全の対応をすることは現実には期待不可能であったと認められ、この点に つき被告には過失はなかったというべきである。」 (2)札幌判決(札幌地裁平成14年12月27日判決) 原告業者Xが、被告注文主Yに対し、請負契約に基づき請負代金を請求してきたことに対し、Yは本件建物に入居直後から化学物質過敏症が発症したとして反対に損害賠償を請求した事案において、Yの化学物質過敏症発症についてのXの責任を否定した判決である。 本判決は、Yが化学物質過敏症に罹患したことを認めたものの、Yは本件建物からの化学物質のみならず、歯学部在学中に曝露したホルマリンや、従前から の各種アレルギー・過敏症の総和によって本件化学物質過敏症が発症したと解するのが相当であり、Yの化学物質過敏症の罹患と本件建物に入居したこととの間 には、相当因果関係が肯定されるが、それが唯一の原因ではない、としたうえ、最終的には、本件建物において0.1ppm程度のホルムアルデヒドを放出する ことが、平成8年10月ないし平成9年2月当時において違法であるとまではいえないこと、Xには、Yが本件建物に入居することにより化学物質過敏症が発生 するとの予見可能性があったとはいえないことを理由に、Xの責任を否定した。 なお、本判決のコメントについてはふぉあ・すまいる10号の敗訴判決報告を参照されたい。 (3)東京判決(東京地裁平成15年5月20日判決) 施工業者が取り付けたシステムキッチンから漏水事故が発生したため、業者がその対処として雑排水が染みた土台等に防腐剤であるクレオソート油を塗布し たところ、クレオソート油から大量の化学物質が室内に発散し、建築主夫妻が化学物質過敏症に罹患したという事例において、業者の責任を否定した判決であ る。 本判決は、建築主夫婦の化学物質過敏症への罹患と業者の施工との因果関係を肯定したものの、クレオソート油の吸引により化学物質過敏症となり慢性的な疾患に罹患するという結果まで予見し得たとまでは認めがたい、として業者の責任を否定した。 (4)シックハウス訴訟の裁判例のまとめ 以上のように、これまでの判決はいずれも、①損害、②因果関係を肯定しつつ、③責任を否定しているものと言える。ただし、これだけシックハウス症候群 や化学物質過敏症という言葉が一般化し、業者として当然に予見できる現在においては、業者の責任を認める判決が出る可能性は十分にあると言えるだろう。 2 最新ニュース (1)和解報告①(シックハウス) 最近、さいたま地裁において、シックハウス事件の和解が成立した。秘密条項がついている関係で、詳細な報告はできないが、担当弁護士からヒヤリングしたポイントを報告する。 (事案の概要) 平成9年11月の契約、木造2階建ての建物。引き渡しは平成10年5月。業者は、地元の工務店であるが規模はそれほど小さくはない。 (業者の主張の骨子) ① 化学物質過敏症の医学的評価が確立していない。 ② 化学物質過敏症の診断基準が医学雑誌に掲載されたのは平成10年3月28日である。 ③ 化学物質過敏症の発症は各人の環境的要因、遺伝的要因、老化要因に関係し、同一条件であっても発症する人としない人がいるから予見可能性がなかった。 ④ 新建材を一切使用せずに一般の住宅等を建築することは実務上不可能である。 ⑤ F2等の部材は当時としては一般的な部材であった。 ⑥ シックハウスに関する法規制が始まったのは平成15年7月1日である。 ⑦ 健康住宅研究会の冊子は、平成10年3月付で作成され、同年6月頃に配布されたものである(引き渡し後の配布である)。 (和解の評価) 予見可能性(過失)の議論は判決の際の判断は微妙だったとのこと。金額は伏せるが、裁判所の強い和解勧告で和解が成立した事案のようである。 (2)和解報告②(シックスクール) 平成16年3月2日、大阪地方裁判所においてシックスクール訴訟の和解が成立した。全国初の訴訟、全国初の裁判上の和解事例である。 (事案) I君は、大阪府下にある私立のK学園に入学した。K学園は中学・高校一貫教育で、ラグビーで全国的にも有名なところである。I君は、自宅のシックハウス問題により、化学物質過敏症に罹患していた。I君の場合は、皮膚のアトピーや倦怠感が特徴的だった。 学校の生徒や教師の整髪料や喫煙などによる気分の悪さから、満足に授業を受けることができなくなり、I君は医師の意見書等を提出し、学校に理解を求 めたが、教師から「けったいな病気やな」「やる気のない者は教室から出て行け」と罵られたり、暴行を受けるに至った。そのため、I君はPTSD(心的外傷 後ストレス障害)となり、高校2年の途中から全く学校に登校できなくなった。そればかりか、K学園はI君に対し「化学物質過敏症を治さなければ復学を認め ない」とまで文書で送ってきた。事実上の退学処分である。そこで、I君は平成15年4月、K学園を相手に慰謝料を求める訴訟を大阪地方裁判所で起こした。 (争点) 化学物質過敏症の生徒に対する学校の対応が適切だったか。 文部科学省は平成13年1月に教育委員会・学校関係者に対し「化学物質過敏症の児童生徒に対して個別の配慮を行うよう」という通知を出しているが、この通知がでてからも一向に「個別の配慮」が行われていないのが実態で、K学園もそうだった。 (和解内容) ① 在学契約の合意解約に関する条項 ② 被告K学園は、当初、化学物質過敏症の症状に対する理解が不足した対応により、原告Iに対して不信感を持たせたことにつき、文部科学省が定める学校環境衛生の基準を充たしているとはいえ、残念な事態に至ったことについて、遺憾の意を表する。 ③ 被告K学園は、本件訴訟の提起を受け、平成15年4月中旬に設置したシックスクール対策委員会により、平成13年1月29日付け文部科学省通知等 をふまえた諸検討及び専門家による研修会の実施を、今後とも引き続き行うこととし、それらを十分に活用して、教職員による生徒の教育及び指導の研鑽に努め るものとする。 ④ 被告K学園は、原告Iに対し、本件和解金として、200万円の支払い義務のあることを認める。 (和解の評価) ① 学校の対応に化学物質過敏症に対する理解不足があったことを正面から認めたこと。 ② ①に対して学校が遺憾の意を表した上、見舞金としての性格を越える金額の解決金を支払ったこと。 ③ 訴訟を契機に学校内に「シックスクール対策委員会」を設置するに至り、和解後もシックスクール対策に引き続き取り組む姿勢が示されたこと。 ④ 以上は、我が国初のシックスクール訴訟において、今後につながる重要な成果を勝ち取ったものと評価される。 (3)提訴報告①(シックハウス) 平成16年4月21日、大阪地方裁判所堺支部に提訴された保育園のシックハウス訴訟。実際にはシックスクールの事案である。 原告は保育園児30人、被告は堺市、施工した建築会社、設計した設計事務所である。 保育園の開園は平成14年4月1日であったが、それに先立つ同年3月8日に室内空気測定が行われ、トルエンの値が指針値の12倍近くであったにもかか わらず、そのまま開園に至った。それにより、19名の児童にシックハウス症候群の条件を満たす診断が下された。その他にも、園児には様々な症状が発生し た。 平成14年11月から12月にかけて床の張り替え工事が実施されてようやく一段落した。 第1回期日はまだ入っていない模様である。 (4)その他 平成16年1月29日、大阪地方裁判所に提訴されたライオンズマンションのシックハウス集団訴訟の報告が会場からなされた。この事件は、本年7月までに争点整理、提訴から1年で判決までという超ハイペースの予定で裁判が進んでいる。 |
◎シックハウス問題部会からの報告 中島宏治(大阪・弁護士)
トップ > 欠陥住宅に関する情報 > ふぉあ・すまいる > ◎シックハウス問題部会からの報告 中島宏治(大阪・弁護士)