シックハウス部会報告 |
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関西ネット 弁護士 中島宏治(大阪) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
第1 シックハウス訴訟判決概要 1 横浜地裁平成10年2月25日判決 【事案の概要】 建物賃借人が、賃借建物に異常な刺激臭が充満して健康な生活ができないために退去を余儀なくされたとして、賃貸人に対して債務不履行責任(契約違反)に基づいて、支払った賃料・礼金・医療費・慰謝料を請求した。 【裁判所の判断】 室内に放散された化学物質と健康被害発生との間の因果関係は認めたものの、以下の理由で、賃貸人の責任を否定した。 1)建物建築当時(平成5年6月頃)の時点において、一般の住宅建築の際、その施主ないし一般の施工業者が、化学物質過敏症の発症の可能性を現実に予見することは不可能ないし著しく困難であった。 2)建物に使用された新建材は一般的なものであり、特に特殊な材料は使用されていなかった。 3)賃貸人及び施工業者は、換気に注意するように指示したり、空気清浄機を設置するなど一般的な対応はしている。 4)建物建築当時、賃貸人が化学物質過敏症の発症を予見し、これに万全の対応をすることは期待不可能であり、賃貸人に過失はない。 2 札幌地裁平成14年12月27日判決 【事案の概要】 新築注文住宅の請負業者が、請負契約に基づき注文主に対して請負代金の残金1080万円を請求したのに対し、注文主が入居直後から住宅内の大量の化学物 質により、注文主と家族が化学物質過敏症を発症したとして、逆に請負業者に対して、不法行為責任または債務不履行責任に基づく3583万円の損害賠償を求 めた。 【裁判所の判断】 注文者の化学物質過敏症の罹患と建物に入居したこととの因果関係は認め、契約に明記していなくても当該業者が「健康住宅」を宣伝して建築業を営んでいる 場合には、顧客に対しては他の建築業者以上に健康被害が生じないよう最大限に注意すべき義務を負う、としたが、請負工事業者の過失責任は以下のような理由 で否定した。 1)請負契約が締結された平成8年10月ないし建物が引き渡された平成9年2月当時においては、我が国においてはホルムアルデヒドの放出量について指針となるべき基準はなかった(厚生省指針値は平成9年6月)。 したがって、建物内において、0.1ppm程度のホルムアルデヒドを放出することが違法であり、契約上の義務に違反すると認めることは困難である。 2)一般的な化学物質過敏症の発生機序についての情報は、平成8年10月ないし平成9年2月当時、一般の施工業者が得ることは著しく困難であったので、請負工事業者には予見可能性がなく、過失はない。 3 東京地裁平成15年5月20日判決 【事案の概要】 システムキッチンから漏水事故が発生したため、施工業者が、雑排水の染みた土台や大引きに防腐剤のクレオソート油を塗布したところ、このクレオソート油から大量の化学物質が放散され、化学物質過敏症に罹患した、というもの。 【裁判所の判断】 室内に放散された化学物質と化学物質過敏症との間の因果関係は認めたものの、以下の理由で、施工業者の責任を否定した。 1)施工業者は、使用した油缶に記載された注意書き(警告表示)から、身体への毒性を予見でき、住人等に頭痛等の症状が発現する場合があることを予見できた。 2)しかし、その予見の範囲は、一時的な頭痛等や吸引自体による直接的な神経症状をきたすことにあり、化学物質過敏症となり慢性的疾患に罹患するという結果まで予見し得たとまでは直ちには認め難く、施工業者に過失はない。 4 東京高裁平成15年10月2日判決 上記判決3の控訴審。控訴棄却により、原審を支持。 5 東京地裁平成15年9月1日判決 【事案の概要】 既に化学物質過敏症に罹患していた原告が、賃借物件を探すにあたって、仲介業者にその旨告げていたにもかかわらず、入居した物件の畳が農薬畳であった め、健康を害し、居住困難になった、というもの。なお、弁護士のいない本人訴訟のため、主張立証不十分の感は否めない。 【裁判所の判断】 畳が健康被害の原因であるという蓋然性を完全に否定することはできないが、それを確定的に認定することは困難である、として、因果関係を否定した。 *なお、控訴審でも控訴を棄却された。 6 東京地裁平成16年3月17日判決 【事案の概要】 施工業者が行った内装工事により室内空気汚染が発生し、これにより居住者が化学物質過敏症に罹患したとして、損害賠償を請求した。 被害者に喫煙の習慣があったことから、施工業者は喫煙が原因で化学物質過敏症に罹患したものであり、内装工事が原因ではないなどと主張。 内装工事直後には空気測定無し。工事終了後約20日後に測定。その際には厚生省指針値を超える化学物質は検出されていない。 【裁判所の判断】 1)以下の理由で、原告の化学物質過敏症と内装工事との因果関係を肯定。 イ)内装工事に使用された建材や接着剤には、ホルムアルデヒドなどの化学物質を含有するものもあるから、この工事により、室内に微量ではあっても人体 に有害な化学物質が滞留するに至ったと認められる。原告は工事終了後の再入居直後から発疹や目の症状呼吸器症状を訴え始め、この症状はその後も悪化し、最 終的に、化学物質過敏症に罹患しているという確定診断を受けている。 ロ)喫煙の習慣により、化学物質過敏症の回復が妨げられており、喘息症状にも悪影響が及んでいるが、本件の内装工事に起因する原告方の室内空気汚染が なければ、原告が、平成13年3月の時点で、化学物質過敏症を発症した可能性は小さいと考えられる。原告の化学物質過敏症の原因を喫煙の習慣や既往症の喘 息だけに求める根拠は乏しいというべきである。 2)過失の有無について イ)予見可能性の有無について ⅰ)平成10年3月「室内空気汚染の低減のための設計・施工ガイドライン」では、ホルムアルデヒドやトルエンなどの化学物質による室内空気汚染を低減することが建築の設計・施工関係者に対して課題として求められている。 これは、財団法人「住宅・建築省エネルギー機構」という財団法人により作成されたものであるから、そのまま建築関係者の注意義務の発生根拠にはならな いが、化学物質を含有する建材が人体に有害であり化学物質過敏症の原因となりうることを建築関係者に周知させたものとして重要。 また、被告会社は、平成13年、すでに内装工事の業界から、所定の基準にしたがってホルムアルデヒドなどの化学物質の含有量が少ない建材を使用するように指導をうけていた。 ⅱ)したがって、被告会社は、本件内装工事を施工するにあたり、原告の家族が化学物質過敏症を発症するかもしれないと予見することができた。被告会 社は、工事に起因する室内空気汚染が発生しないように、使用する建材や接着剤を慎重に選択し、施工方法に配慮するとともに、原告に対し、化学物質過敏症の 予防対策をとるべき義務があったということができる。 ロ)注意義務違反の有無 しかし、以下の理由で、被告会社の注意義務違反は否定。 ⅰ)使用された建材や接着剤はホルムなどの化学物質を含有するものであるが、一般的に使用が禁止された建材であると認めるべき証拠はない。 ⅱ)平成13年4月5日被告会社の依頼を受けた測定会社の測定結果は、61μg/m3、49μg/m3、73μg/m3であり、厚生省指針値 (100μg/m3=0.08ppm)を下回るものであった。6月22日原告の依頼を受けた別の測定会社の測定結果は0.061ppm、0.075 ppm、0.068ppmであり指針値を下回った。 工事後のホルムアルデヒドの測定結果が、厚生労働省指針値を下回っている以上、本件において被告会社に内装工事施工上の注意義務違反があると認めることは困難というべきである。 ⅲ)被告会社の担当者は、不調を訴える原告に対し、換気を励行することを助言し、医師の診察を受けるよう勧めているし、空気清浄機の貸し出しをしている。被告会社が化学物質過敏症の予防対策を怠ったとは認められない。 7 東京地裁平成16年9月9日判決 【事案の概要】 市立小学校の新築校舎(平成13年4月着工、平成14年7月竣工)に基準値を超えるトルエンが滞留していたため、多くの学童がシックハウス症候群に罹 患したとして、市に対し、施工業者に賠償請求しないことが違法であることの確認および工事代金の支出の差止めを求めた住民訴訟。 【裁判所の判断】 以下の理由で、社会通念上最低限期待される建物の性状を欠き、通常備えるべき品質・性能を具備していなかったとは言えないから、建物の瑕疵にあたらないとして、施工業者の責任を否定した。 1)瑕疵の判断基準を、「①本件建物内に滞留していた化学物質が存在すること、②本件建物を利用した学童に健康被害が生じたこと、③①と②との間に法的 な因果関係があること、④そのことが工事目的物の性質・種類、契約締結時の事情、滞留していた化学物質の内容、性質、程度、人体に与える影響、対象化学物 質に対する法律上の規制内容等を勘案して、本件建物が社会通念上最低限期待される建物の性状を有せず、あるいは通常備えるべき品質・性能を具備していない と評価されることが必要である」としている。 2)そのうえで、①②は認めるものの、③について開校時の空気測定では、トルエン以外は基準値を超えていなかったことなどを理由に、学童の症状と化学物質との間の因果関係については、あると断定することができるかどうかには疑問の余地があるとしている。 3)他方で、両者の間に何らの関係性もないと断定することもできないので、④の点についても検討を加える(以下の4、5、6)。 4)校舎を新築する際は、引渡前に揮発性有機化合物の濃度が基準値以下であることを確認すべき、と定めた文部科学省の平成14年2月5日付「学校衛生の基準」は平成14年4月以前の工事契約が締結された本物件には適用がない状況であった。 5)第2次検診には症状に関するデータは低下傾向を示しており、健康状態は改善されたとされている。 6)室内空気汚染と居住者の体調不良との関係については未解明な部分が多く、シックハウス症候群あるいは化学物質過敏症なる概念が未だ医学界に確定された明確な概念であるとは言えない状況にある。 第2 係争中のシックハウス事件概要 1 シックハウス事件調査票の実施 平成16年11月15日~24日の間、全国ネットメーリングリスト上で募集し、回答は12通あった。期間が短かったため、回答数が少なかったものと思われる。 調査項目は、以下のとおりである。 ① 紛争の種類(交渉・調停・訴訟の区別) ② 裁判所 ③ 相手方(企業、行政、建築士その他) ④ 問題となる化学物質 ⑤ 空気測定の有無 ⑥ 空気測定の最高値 ⑦ 使用建材の最も悪い等級 ⑧ 化学物質過敏症等の診断書の有無・内容 ⑨ 建物引き渡し時期 ⑩ 法的構成(瑕疵担保・債務不履行・不法行為その他) ⑪ 争点(瑕疵概念・因果関係・病像論・予見可能性) ⑫ 相手方の主張 ⑬ 欠陥住宅110番からの継続相談かどうか 2 調査票まとめ(添付資料参照) ① 回答のあったネット 東北ネット 2件 関東ネット 1件 関西ネット 7件 和歌山ネット 1件 九州ネット 1件 計 12件 ② 紛争の類型 交渉 2件 調停 3件 訴訟 7件 計 12件 ③ 相手方(被告) 企業 9件 行政 2件(シックスクール) 建築士 1件 その他(賃貸人) 1件 ④ 法的構成(ただし、交渉・調停のため特定していないものあり) 瑕疵担保責任 4件 債務不履行 9件 不法行為 10件 ⑤ 争点 瑕疵概念 2件 ・ガイドライン等は瑕疵基準たりえない ・汚染の程度は基準値以下である 因果関係 8件 ・家具等の影響がある ・衣類が原因と考えられる ・接着剤等には有害物質は含まれない ・測定状況への疑問 ・測定数値では化学物質過敏症を引き起こす可能性はない ・通達違反がないため発症とは関係ない (シックスクール事案) 病像論 2件 ・元々アレルギー体質であった ・医学的解明がなされていない 予見可能性 4件 ・当時の知見では発症は予見不可能であった ⑥ 欠陥住宅110番からの継続相談 1件のみ ⑦ そ の 他 鑑定の事例あり (東大柳沢幸雄教授) 第3 まとめ 1 判決の到達点 北里研究所病院の診断書・意見書と有害物質がある程度室内空気汚染の基準値を超えていれば、裁判所は因果関係までは認める傾向にある。 しかし、過失を認めることには裁判所は躊躇している。当時の知見、建築業界の一般的水準、業者としての対策の有無等を指摘しているが、おおもとは化学物質過敏症の医学的知見に対する認知度を問題にしているように思われる。 瑕疵概念では、東京地裁平成16年9月9日判決の影響が懸念される。 2 主張レベルの問題点 瑕疵概念……ガイドラインを守れないような建物、という議論の難しさ。 因果関係……他原因論(家具等)に対してどう対抗するか。 病像論‥‥医学的解明を厳密にやられると痛い目に遭う。 予見可能性……ガイドライン時に予見可能との立論でいけるか。 3 立証レベルの問題点 空気測定……どこに頼むか、どういう方法でやるか。 診 断……北里研究所病院だけに頼ってはいられない。 どの建材・薬剤が原因か……簡易な立証方法の確立。 予見可能性……文献等の集積を。
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◎シックハウス部会報告 中島宏治(大阪・弁護士)
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