パネルディスカッション(2) 「地盤沈下(軟弱地盤)の改修工事方法」
【1】 パネルディスカッションの概要の紹介 幸田雅弘 (福岡・弁護士)
【2】 パネラーの発言要旨
(1) 簑原信樹 (福岡・建築士)
(2) 池本智汎 (宮崎・建築士)
(3) 藤津易生 (京都・建築士)
(4) 松本隆宏 (京都・建築士)
【1】 パネルディスカッションの概要の紹介 幸田雅弘 (福岡・弁護士)
1. アンダーピニング工法と池本設計士の疑問 軟弱地盤のために不同沈下が起きている場合、 補修方法として、 曳き家をして地盤改良工事や杭打ち工事を行い、 軟弱地盤対策を最初からやり直すのが本来です。 しかし、 実際には、 曳き家作業をするスペースが現場にはないとか、 曳き家作業をすると補修金額が高額になるという理由で、 こうした補修方法を主張することは困難な場合が多いのが実情です。 軟弱地盤の一般的な補修方法をして採用されているのが 「アンダーピニング工法」 です。 「アンダーピニング工法」 とは、 基礎の周囲を1・5m幅で深さ1mほど掘削し、 基礎の立ち上がり部分の直下や脇に60~70㎝の短い鋼管やH鋼を設置し、 建物の荷重を利用して地盤に圧入し、 鋼管やH鋼を継ぎ足していき、 鋼管やH鋼を支持地盤に到達させてから、 地盤の反力を利用して基礎下部を持ち上げ、 不同沈下を補正する補修工法です。 「アンダーピニング工法」 にも、 鋼管類をどこに打ち込むかで二通りの方法があり、 基礎の立ち上がり部分の直下に打ち込む工法と、 基礎のすぐ際に打ち込んで基礎と合体させる側打ち工法とあります。 「アンダーピニング工法」 が普及し始めた頃は、 側打ち工法も相当行われていたようですが、 基礎にかかる応力がまっすぐに杭に伝わらないという弱点があることや、 鋼管類と基礎の鉄筋に結合する方法に確実性が欠けるなどの弱点があり、 最近ではあまり聞きません。 現在では基礎の立ち上がりの直下に鋼管類を打つ工法の方が一般的なようです。 私は、 この補修方法になんの疑問も持たないで来ました。 ところが、 「ふぁすまいる№7」 に宮崎の池本智汎さん (建築士) が、 「建物荷重で圧入するだけで必要な支持力を得られるのか」 「鋼管の継ぎ手 (溶接部分) は大丈夫なのか」 と疑問を呈しました。 この問題提起を受けて、 福岡の建築環境問題研究会 (会員47名、 代表世話人簑原信樹・幸田雅弘) では、 これまで無批判的に受け入れてきた 「アンダーピニング工法」 に問題はないのか、 批判的な視点からの研究を開始しました。 同じ時期に、 京都ネットが地盤に関する勉強会の中でアンダーピニング工法を検討する予定であることを知りましたので、 「それでは、 鹿児島の大会で福岡と京都の共同企画としてデスカッション<アンダーピニングを見直す>をやろう」 ということになりました。 2、 アンダーピニング工法のディスカッション ディスカッションでは以下のような問題点を取り上げました。 ① 鋼管の支持力が確保できるか? 鋼管杭によって建物荷重を支えるためには鋼管1本当たり4~5t程度の支持力が必要になり、 長期の許容支持力を考えると12~15t程度の支持力が必要である。 しかし、 建物荷重によって鋼管杭を打ち込むと、 12~15tもの支持力を確保できるのか。 ② 基礎の破壊の危険性はないか? 基礎を部分的に持ち上げると、 基礎自体を破壊する危険性はないのか。 また、 不同沈下によって、 基礎にひび割れがある場合にひび割れを拡大させる可能性はないか。 ③ 鋼管杭の溶接は十分か? 鋼管の溶接は裏当金を当てて溶接をする必要があるし、 下向き溶接が基本であるが、 鋼管杭のつなぎ溶接ではそのような技術が取り入れられてないのではない? ④ 鋼管の垂直性は確保されているか? *これらの他にも、 基礎の一部に杭打ちを行う 「部分的アンダーピニング工法」 は異種基礎工法の併用になるので、 構造計算が必要になるのではないかといった問題点もあります。 3、 討議の概要 池本智汎建築士、 簑原信樹建築士、 藤津易生建築士、 松本隆広建築士の発言内容は大変示唆に富むものでしたので、 各人の報告書を是非ご覧下さい。 建築士の意見を聞いてみると、 アンダーピニング工法を事後的な軟弱地盤対策と受け取り、 事前の対策と同じように理解していましたが、 事後的なアンダーピニング工法では軟弱地盤対策が不十分な場合があることを知りました。 簑原信樹建築士は 「アンダーピニングは本来の軟弱地盤対策ではなく、 補修方法に過ぎないということをよく理解しておかなければならない」 と指摘しました。 以上 |
【2】 パネラーの発言要旨
(1) 簑原信樹 (福岡・建築士)
建て替えをしなければ、 新築同様の性能を回復しないとして、 あらゆる補修・修復工事自体を認めようとしない。 このような一般的欠陥住宅被害者の気持ちは、 解らない訳では無いが、 やはり、 そこは技術的判断として建築基準法や学会規準などのもとで考えられる補修工法や欠陥発生原因の除去が可能な技術は認めるべきである。 とは言え、 現在の補修方法は体系的には確立していないもの、 一部分又は現象面の除去にのみ対応しているに過ぎないものも多く、 又、 適応を少しずつ間違った形で採用しているために不適切な施工が行われていることが多い。 この度、 問題とした地盤沈下 (軟弱地盤) 対策においても 「アンダーピーニング工法」 自体は、 古代ローマ時代から行われているものであり歴史が古いものである。 住宅建築程度のもので良く使われるようになった鋼管杭圧入工法もその一つであり、 通常では短管を用いて必要深さまで到達するまで杭を継ぎ足ししながら、 1本の杭として、 力学的な力を求めているため、 いくつかの問題を含むことが考えられる。 その1つは杭の溶接による強度低下。 2、 圧入時の方法として、 建物上部荷重で必要支持力を確保出来るのか。 3、 圧入時の基礎の破壊に対して安全かということがあげられるかと思う。 これらのことが問題としてあり、 施工方法も充分に確立できていない面もあるが、 一方、 建物が沈下しているのに対し、 力学的 (建築的) に一番適切である工法としては一般的には杭工法で対応することである。 その中では、 基礎芯と杭芯がずれていない。 即ち、 偏心のない杭が最適であり、 建物の曳家や建替 (撤去) が考えられない現状のままでの不同沈下の原因除去方法としては、 認められるべき工法の一つである。 現在のところ、 問題点となる施工上の点がクリアーされていない施工業者を選ばないようにする必要があるが、 補修工事そのものが今後、 技術的確立が必要な分野であり、 もっと多くの建築技術者が関わっていかなければならないことを認識すべきである。 |
(2) 池本智汎 (宮崎・建築士)
鋼管杭圧入工法の問題点は解決したか この工法の問題点を提起した者としては、 今回の鹿児島大会では解決しなかったとの思いである。 問題点は下記2点である。 1. 杭耐力が常時荷重の3倍を確保できるという工法はあるのか? 2. 杭継手の溶接が安全であるという工法はあるのか? 当日の説明者 (杭施工業者) によると、 1. に対しては、 一つの支持点に3本の杭を打つ工法で実施しているので、 3倍の荷重に耐えうる杭を打ち込んでいる。 2. に対しては、 杭継手は、 下杭に帯状の鋼板で作ったリング繋板を付けておき、 このリング繋板の内側に上杭を差し込む。 この繋板と上杭を下向すみ肉溶接で接続する工法で行う。 すみ肉溶接で良いかの不安は持っている。 との説明であった。 これで問題点は解決できたか? 1. 確かに3本の杭はあるが、 ただ単に一つの方向に3本を並べた状態で施工された杭でよいのか、 疑問である。 風や地震による水平力は、 X方向Y方向等どちらの方向から力が加わるか、 定かではないので、 これで有効に抵抗できる工法になるのか? 2. 継手の溶接がすみ肉溶接では、 全強 (杭材と同じ強度) にならない。 欠陥住宅被害救済の手引 (全訂増補版) の195頁 「すみ肉溶接」 の項で 「すみ肉溶接は、 構造躯体の応力伝達部分に対しては行われない。」 と述べているように、 杭継手部にすみ肉溶接を用いる工法は不適切である。 3. そして、 他のパネラーや建築士からもみるべき提案はなされなかった。 この工法で、 どのように施工すれば、 適切な不同沈下対策になるかを問題提起したのであるが、 鹿児島大会では、 その問題は解決されなかった。 3倍の杭耐力は可能か?継手溶接は安全か?いずれも解決されなかったが結論である。 従って、 この工法を不同沈下対策として、 現状では採用するが出来ないと考える。 又、 「住宅紛争処理技術関連資料集」 で、 この工法が不同沈下対策資料として、 提案されていることが非常に問題であると強調しておきたい。 |
(3) 藤津易生 (京都・建築士)
欠陥住宅問題における地盤沈下の水平修復の工法として、 アンダーピニング工法の是非が問題であったが、 工法の議論は鋼管杭による基礎直下支持杭補強方式 (アンダーパイリング工法) に集中していたと思います。 その他の工法としては、 基礎直下式保持盤工法もありますので、 アンダーピニング工法は基礎補強工法の総称と考えて頂いた方が紛らわしくないと思います。 いずれにしましても、 どの工法を採用するかは地盤状況と建物の性状を正確に把握した上で決定する事が大事かと思います。 故に、 まず、 支持地盤の位置と地盤耐力をを正確に知る必要があります。 木造のような、 軽い建物の場合の地盤調査は、 一般的にスウェーデン式サウンディング試験が行われていますが、 この試験の特徴は、 N値10以下の砂質度での正確の数値を確認する事で、 それ以上の締まった地盤や、 礫や木片、 コンクリート片等のような地中障害物が有った場合にはロットが空回りをして正確なデータを採集する事が困難になります、 また地質についてもサンプリングが出来ないため正確な資料は採取出来ません。 スウェ-デン式サウンディング試験をする場合は、 近隣データや地形によって基礎底以深の支持地盤が確実にあることを確認できない限り、 安易に採用することは危険であります。 また、 標準貫入試験 (ボーリング試験) は表層のN値の低い地盤の確認には不向きな試験ですので、 沈下改修を計画するに当たっては両方の試験をした上で、 支持地盤の層厚も含めて確認した上で、 決定する必要があると思います。 もし、 支持地盤が浅い位置にあって層厚も十分であった場合は、 基礎直下式保持盤工法で十分対応出来ると考えます、 また支持地盤が深い位置にあった場合でも、 鋼管杭の打ち継ぎ無しで打てる1メートル程度の深さの場合は、 杭頭処理を確実に行えばそれほど問題は無いと考えます。 それ以上に支持層が深く、 打ち継ぎが必要となった場合、 鋼管を溶接にて接合することになりますが、 管径が100㎜程度で肉厚が2~3㎜程度の鋼管を完全溶け込み溶接 (突き合わせ溶接) にする事は不可能であり、 まして、 狭くて作業姿勢の悪い中での溶接は、 部分溶け込み溶接 (隅肉溶接) であったとしても不完全な溶接になる可能性が高くなります。 ゆえに、 鉛直方向の常時荷重のみであれば、 アンダーパイリング工法でも水平修復は可能であると考えますが、 災害時 (特に地震時の水平方向に外力が加わった場合) は打ち継ぎの溶接面に不安がある限り、 有効な補修方法では無いと考えます。 欠陥住宅問題の場合は、 設計者もしくは施工者が当然考慮すべき事を怠った結果の現象であることから言いますと、 浅い場所で支持地盤がない限り、 基本的にはアンダーパイリング工法による水平修復は採用するべきではないと考えます、 しかし、 災害等に地盤沈下が発生し、 建物が傾斜したような場合の修復工法としては非常に有効な工法になると思います。 |
(4) 松本隆宏 (京都・建築士)
地盤沈下の改修方法としての 「アンダーピニング工法」 の問題点を以下の事項に沿って記述します。 (1) アンダーピニング工法は、 杭基礎か地盤改良かどちらか? 結論から言うとアンダーピニング工法は、 地盤改良であります。 鋼管を打ち込んでいるので杭に見えますが、 施工方法等から判断すると地盤改良であります。 逆に言うと、 地盤改良の形式にしなくてはいけません。 上部建物の布基礎 (木造の場合が多いと思われるので) に緊結してはいけません。 杭基礎は、 杭をフーチングで基礎梁と緊結させます。 杭基礎は地震時に杭に水平力が作用し、 杭に生じた水平力を基礎梁で負担します。 アンダーピニング工法を施工しようとしている建物の基礎梁 (布基礎) は、 地震時に杭の水平力を負担しなくてはいけません。 木造の布基礎程度では、 水平力を負担できるか疑問が残ります。 よって、 アンダーピニング工法は、 基礎梁に負担を掛けないように地盤改良形式にしなくてはいけません。 しかし、 地震時に上部建物がアンダーピニングした位置からずれてしまわないような工夫は必要です。 (2) 鋼管杭継手の現場溶接の信用性について アンダーピニング (後打) 工法であるから現場溶接は避けられないので、 溶接は細心の注意が必要です。 継手部分で、 鋼管どうしを突合せ溶接する方法は、 現場溶接の精度から考えてよくありません。 スリーブで継手部分を補強し、 スリーブと鋼管を溶接する方法が最も良いと思われます。 ねじ切りをして鋼管を接合する方法もありますが、 断面欠損による耐力低下を考慮しなくてはいけません。 (3) 地盤調査方法について SS試験 (スウェーデン式サウンディング試験) の結果に基づいて施工されているようですが、 SS試験は簡易試験であり土の性質を十分に把握できません。 アンダーピニング工法は、 地盤改良でありますが支持形態は杭であるので支持地盤の特性を正確に調べる必要があります。 標準貫入試験を行うべきです。 (4) 杭の支持力計算における、 周面摩擦力の考慮について 標準貫入試験をすれば土の性質が判り摩擦力も考慮できますが、 SS試験のみでは土の性質が判らず摩擦力を判断する事はできません。 しかし、 土を詳細に調べたからといっても、 打ち込む杭径が小さいので、 周面摩擦は考慮しないほうが安全です。 (5) 施工後の布基礎の応力状態について もともとの基礎は、 布基礎かべた基礎であり地盤からの反力を面又は線で支えています。 アンダーピニング工法は、 杭形式であり点で支えています。 もしも、 アンダーピニングの杭と杭の間に柱などが位置していて、 大きな軸力が基礎にかかると当初の基礎設計とは逆の応力が働きます。 既存基礎の断面の把握と補強工事後の応力状態の確認をしなくてはいけません。 |