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欠陥住宅被害の救済から見た民法改正の課題

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松本克美(立命館大学法科大学院)

 

1 民法改正動向の現状

20091028日に千葉景子法務大臣から法制審議会に次の諮問がなされた(諮問第88号)。「民事基本法典である民法のうち債権関係の規定について、同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かりやすいものとする等の観点から、国民の日常生活や経済活動にかかわりの深い契約に関する規定を中心に見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」(傍点引用者―以下同様)。ところで、数年前から学者の一部グループにより、債権法改革論議が検討され、具体的な提案も出されている。2005年から始まった加藤雅信・上智大教授を代表者とする民法改正研究会の「民法改正 国民・法曹・学界有志案」(法律時報増刊、200911月、日本評論社)、200610月発足の鎌田薫・早稲田大学教授が委員長、内田貴・元東大教授、現法務省参与が事務局長になっている民法(債権法)改正委員会の「債権法改正の基本方針」(別冊NBL126号、20095月、商事法務―以下、単に「基本方針」と略す)、そして、時効法改革について金山直樹・慶応大学教授を代表とする時効法研究会の「消滅時効法の現状と改正提言」(別冊NBL122号、200810月、商事法務)がそれである。このうち、民法(債権法)改正委員会は、私的な研究会であるといいながら、東京大学教授をわざわざ辞職して法務省参与となった内田貴氏が事務局長をつとめ、それ以外にも法務省民事局参事官や法務省官房審議官が参加しており、この委員会の基本方針が近い将来の民法改正の中核となるのではないかと推測されていた。今回の法務大臣からの諮問を受けて「法制審議会民法(債権関係)部会」が設立され、委員と幹事が各19名ずつ選任されたが、それぞれ約半数は学者委員であり、かつ、学者委員の6割以上が上記の民法(債権法)改正委員会の委員であったものにより占められており、同委員会が作成した上記「債権法改正の基本方針」の影響度が注目される。

民法学界や実務界からは、「なぜ、今、民法改正なのか?」という根本的な疑問も寄せられているが、上記諮問にもあるように、「社会・経済への対応」「国民一般に分かりやすい」などの抽象的な理念が語られるだけで、改正の必要性は漠然としている。ただ、明治291896)年に制定され、同311898)年に施行された民法典財産編の部分は、根本的な改正を経ることなく今日に至っており、明治期の社会経済状況とそれから110年以上を経た現在が異なる部分も多く、かつ、この間、膨大な判例が形成され、民法典の条文を見ただけでは法規範の具体像が明確でないことも確かである。また民法典は日常的な市民社会での取引の基本法典であるが、事業者と消費者の間の取引を規制する消費者契約法のルールは、民法典の外に置いたままで良いのかという特別法との調整問題もある。更に明治民法典の編纂自体もそうであったように、諸外国の現段階での民法典(オランダ民法典やドイツ民法典など近時改正されている民法典も多い)との比較や、あるいは、日本も2009年に批准したウィーン国際統一売買法(CISG)など、進展著しい国際的な民事取引ルールに参照すべき点はないかという問題もあるi。そこで、判例・学説上定着している解釈を明文化し、また法解釈が分かれている問題については統一のための規定化を行うなどして、民法典の透明性、裁判の予測可能性を高める、社会の需要にこたえるため、或いはより良い社会形成を促進するために必要な法制度・法概念の再編、創設を行うということは、一般的に肯定される民法改正の基本理念と言えるだろう。民法改正の必要性の有無をそれ自体抽象的に議論していても、民法債権法の「見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」として諮問を受けている法制審議会の議論は進んでしまう。具体的には法制審議会では、2011年の春をめどに、中間まとめを行うために、債権法改正の主要論点につき、3週間に1回くらいのペースで検討をすすめていく予定が公表され、すでに2010727日までの間に13回の審議が重ねられている(欠陥住宅問題と関係が深い売買契約は9月、請負契約は10月に検討を予定されている。審議状況と議事録、検討資料については、法制審議会のHP参照(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingikai_saiken.html)。そこで、今、重要なことは、民法改正についての議論の中で、現状の具体的な問題から出発して、その問題について既存の民法典を改正する必要があるのか否か、あるとしたらどうすべきかを具体的に論じていくことであろう。欠陥住宅問題の分野でもそうした視点が求められているのではないか。そこで、本報告では、購入した住宅に欠陥があった場合と建築を注文した住宅に欠陥があった場合に分けて民法改正に関わる論点を検討してみたい。

2 欠陥購入住宅と民法改正問題

(1)修補請求権及び損害賠償請求権 購入した住宅に欠陥があった場合に、法的構成として考えられるのは、売主に対する民法上の瑕疵担保責任(民法570条)の追及である。瑕疵担保責任の法的性質論としては、周知のように、法定責任説と契約責任説の対立がある。判例は法定責任説に説に立つと理解する学説もあるが、最高裁自身は、自らが法定責任説に立つと明言はしておらず、むしろ、場合によっては履行利益の賠償を認める余地を示唆している(数量指示売買について最判昭和57121民集36171頁)。下級審の裁判例においては、とくに売主の瑕疵担保責任に基づく賠償範囲をめぐり法解釈は統一されておらず、欠陥住宅問題で大きな争点となっている瑕疵が重大な場合に建替費用相当額の賠償が認められるかという論点をめぐっても、信頼利益の賠償にとどまるから、建物の売買代金額が上限となると判示するものもあれば、そのような限定をすることなく、建物の売買代金を超える損害賠償額を認容する裁判例もあるii。従って、この点では、瑕疵担保責任の損害賠償の範囲につき明文化することが考えられる。

法制審議会の民法(債権法)部会では、まだ具体的な条文の提案をする以前の議論段階なので、今後の議論に最も影響を与えそうな上記「基本方針」における提案を紹介すると、以下の如くである。まずその基本的な特徴は、売主の瑕疵担保責任を特殊な債務不履行責任と位置づける点で、法定責任説から決別している。具体的には、①瑕疵担保責任の法的効果として、瑕疵のない物の履行請求(代物請求、修補請求等の追完請求)を認め、これを、損害賠償請求権より優先するものと規定している(提案番号【3.2.1.16】【3.2.1.17】)。②また、「修補請求は、修補に過分の費用が必要となる場合には認められない。」(【3.2.1.17】<イ>)とする。③ 売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任の免責事由は債務不履行責任に基づく損害賠償責任の免責事由と統一され、「契約において債務者が引き受けていなかった事由により債務不履行が生じたときには、債務者は損害賠償責任を負わない。」(【3.1.1.63<1>)という規定が適用される。

しかし②規定がおかれると、建替えなければ修補できないような重大な瑕疵があった場合に、そのような過分な費用がかかる修補請求が認められない以上、それに代わる損害賠償もできないという制限説が展開されるのではないか、また、引渡後明らかになった建物や地盤の瑕疵について買主が売主の損害賠償責任を追及しようとすると、「そのような瑕疵まで契約で引き受けていない」などの抗弁が売主から出され、無過失責任の現状と比べて、免責事由が緩やかに認定されてしまわないかとの懸念が生ずる。

(2)買主の瑕疵の通知義務 また、「基本方針」は、「買主が、目的物の受領時、または受領後に瑕疵を知ったときは、契約の性質に従い合理的な期間内にその瑕疵の存在を通知しなければならない。」という通知義務を新設し、買主がこの通知をしなかったときは、原則として、「買主は目的物の瑕疵を理由とする救済手段を行使することができない。」ことを提案している(【3.2.1.18】)。しかし、例えば、買主が目的物の受領から長期間(例えば8年)を経て、瑕疵を知って通知をしたような場合に、通知が「合理的な期間内」になされたかどうかという争点を新たに生むことになり問題である。

3 欠陥注文住宅と民法改正

(1)「基本方針」の積極面 ①現行民法は、請負人の瑕疵担保責任にもとづく注文者の損害賠償請求権と請負人の報酬請求権につき同時履行の抗弁権の規定が準用される旨を規定している(民法634Ⅱ)。しかし、請負人はそもそも仕事完成義務を負っているのだから(民法632条)、仕事の目的物に瑕疵があった場合に、報酬をもらわないと損害賠償を支払いないというような請負人からの同時履行の抗弁権の主張は妥当でないであろうiii。「基本方針」は、この点を意識して、この同時履行の抗弁権は、注文者の報酬支払拒絶権として規定している点は評価できる(【3.2.9.04】<イ>)。②また、現行民法は仕事の目的物が建物などの土地工作物の場合に、重大な瑕疵があっても請負契約を解除できないとしているが(民法635条但書き)、この点は、建物に重大な瑕疵があって社会経済的価値がないような場合に解除を認めないのは不合理だとして学説から批判が強い点であった。「基本方針」は、このような解除制限を撤廃しており(【3.2.9.04】)、この点も評価に値する。

(2)「基本方針」の問題点 ① 「基本方針」は、請負人の瑕疵担保責任に基づく修補請求権につき、「瑕疵の程度および態様に照らして、その修補に過分の費用を要するとき」に修補請求が制限されることを規定している(【3.2.9.04】)。しかし、現行民法は、「ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。」と規定しており(民法634Ⅰ但書き)、<瑕疵が重要な場合は過分な費用がかかっても修補義務がある>とも解釈できるのでありiv、「基本方針」は今以上に請負人の責任を限定するおそれがある。②買主の瑕疵の通知義務と同様に、注文者にも瑕疵の通知義務を新設しているが(【3.2.9.02】)、この点も買主の通知義務について述べたのと同じような争点拡大の懸念がある。③請負人の瑕疵担保責任期間について「基本方針」は次のような提案をしている。「建物その他の土地の工作物の建設工事においては、請負人は、注文者がそれを受領した日から2年以内に明らかになった瑕疵について担保の責任を負う。ただし、この期間は、耐久性を有する建物を新築する建設工事の請負契約において、その建物の耐久性に関わる基礎構造部分[および地盤]については、10年とする。」(【3.2.9.06】)。これについては、第一に、現行民法では、建物の種類に基づき引渡時から5年ないし10年となっている期間(638Ⅰ)を、なぜ原則2年に短縮するのか、また、10年期間については、同じく新築住宅につき10年期間を定める住宅の品質確保促進法(品確法)94条が「住宅のうち構造耐力上主要な部分又は雨水の浸入を防止する部分として政令で定めるもの」と規定しているのと文言が違っており、この点の調整も検討課題となろう。④請負人の瑕疵担保責任の免責事由には、現行636条と同じく注文者の指図に過失があった場合等を規定するのみである(【3.2.9.04】)。売主の瑕疵担保責任の免責事由のように、債務不履行責任の免責事由の適用規定もないが(現行の請負人の瑕疵担保責任は無過失責任と解されており、それはそれで妥当ともいえる)、売主の瑕疵担保責任と請負人の瑕疵担保責任、債務不履行責任の三者の関係を整理する必要があろう。

4 不法行為法の解釈への影響可能性

なお、今回の民法改正は民法総則の意思表示や代理の規定、消滅時効などを除けば、基本的に債権法の改正に限定されているが、債権法改正の基礎に据える基本理念が不法行為法の解釈にも影響を及ぼすことも考えらえる。とくに「基本方針」は債務不履行責任の帰責事由につき、現行法の「責めに帰すべき事由」が漠然としており、判例実務では結局、当該契約における債務は何かを明らかにしてそれが履行されていないと債務不履行としているのだから、端的に債務者が契約で引き受けていなかったことを免責事由とすべきであるという「契約引受主義」ともいうべきものを主張している。この考え方は契約上想定されるリスクは契約自体で配分しておくことが望ましく、また、損害が生じた場合も、契約で定めたリスク配分のルールに従わせるべきだという基本思想を背景にしているように思われるv。しかし、契約によるリスク配分は、交渉力のある企業や専門家にとっては合理的かもしれないが、専門知識のない消費者にとっては、よくわからないままに自分に不利な契約内容に合意しかねない危険性が生ずる。また、契約によるリスク配分の強調は、契約によるリスク配分を無意味にするという理由で不法行為責任を限定する論理として濫用されかねない。この点は、最高裁が「建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うvi」としている点にも留意して、債権法改正にあたっても、それが安易な不法行為責任の制限に波及しないような配慮が必要であろう。

5 結びに代えて

最後に比較法的観点から2点付記しておきたい。ドイツでは、2001年に債権法の現代化を図るための大規模な民法改正がなされた(施行は200211日)。そこでは、一方で国際的な動向にも配慮して、瑕疵担保責任と債務不履行責任を統合したり、契約の重大な義務違反を解除事由とするなどとしつつも、他方で債務不履行責任の帰責事由については過失責任主義を維持する(ドイツ民法典2761項)など、伝統的な民法解釈との一定の接続性にも配慮している。日本で民法改正する場合にも、債務不履行の「責めに帰すべき事由」という膨大な判例群が蓄積されている概念を廃棄して「契約で引き受けた事由」などという新概念を採用した場合に想定される莫大な法運用コスト(法の運用、解釈、教育などに携わる者が正確にその概念や、また従来の判例法理との異同を理解するためにかかる時間と費用)、あるいは予測不可能性(既存の法理との異同の理解は、裁判官によって違うかもしれない)などの弊害も慎重に検討すべきであろう。

ところで中国では、本年71日から施行される侵害責任法(不法行為法)に、建築物が倒壊して他人に損害を及ぼした場合に、建築施工者等にも無過失責任を負わせる工作物損害責任を規定した(86条)。これは、法案を審議していた2009年に、新築高層ビルが手抜き工事等の欠陥により、倒壊し、人が死亡する事件が相次ぎ、問題となったことを背景としているという(かつてこの欠陥住宅全国ネットにも参加していた陳桐花さん談による)。民法改正とは、そもそもこうした現実に生起する諸問題に対応するための改正であるべきであろう。

日本の民法改正は、どのような現実の諸問題に対応するための改正なのかが、今後も鋭く問われるべきであるし、また、現行民法の解釈では対応できない、あるいはよりよく対応するには規定を変えた方が良いところなどについて具体的な提言も求められよう。欠陥住宅の分野でこうした発言をしていくこは、とりわけ欠陥住宅全国ネットに課された社会的使命でもあろう。今後とも皆さんとともに、この使命を果たすべく微力を尽くしていきたい。

i 現在の民法改正動向における国際的な民事取引ルールへの参照の仕方を批判するものとして、角紀代恵「債権法改正の必要性を問う」法律時報82274頁以下(2010)。

ii 裁判例の分析については、松本克美・斎藤隆・小久保孝雄編『専門家訴訟講座2建築訴訟』(民事法研究会、200925頁以下(松本執筆部分)を参照されたい。

iii この問題の詳細については、松本克美「請負人の瑕疵担保責任に基づく注文者の損害賠償請求権と相殺―請負人からの相殺否定説をめぐって」円谷峻・松尾弘編『損害賠償法の軌跡と展望 山田卓生先生古稀記念論文集』(日本評論社)489頁以下に譲る。

iv この点につき、松本克美「建築請負契約の目的物の主観的瑕疵と請負人の瑕疵担保責任」立命館法学298382頁以下(2005)。なお注文住宅の瑕疵が重大で建替が必要な場合に建替費用相当額の賠償を認めた最判平成14924判例時報180177頁もこうした考え方を前提にしていると言えるのではないか。この判決については、松本克美・法律時報7510101頁以下(2003)。

v この点については内田貴『債権法の新時代「債権法改正の基本方針」の概要』82頁以下参照。

vi 最判平成1976民集6151769。この判決及びその差戻審判決については、松本克美「建物の瑕疵と建築施工者等の不法行為責任――最高裁2007(19)76 判決の意義と課題――」立命館法学313100頁以下(2007)、同「「建築瑕疵に対する設計・施工者等の不法行為責任と損害論 ―最判2007(平成19)・76判決の差戻審判決・福岡高判2009(平成21)・26を契機に―」立命館法学3241頁以下(2009)を参照されたい。

*なお、立命館法学については、立命館大学法学部HP上から各論文を閲覧、ダウンロード可能である(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/rlrindex.htm#rits)。

 

 

 

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