池本 智汎(宮崎・建築士)
1. 本件の概要
敷地の北側、 東側に高さ2~5mのL型擁壁を設置し、 宅地造成をした。 5m以上の深い埋戻しを行ったにもかかわらず、 造成完了10日後には建築基礎工事に着手した。 ユニットボックス型の住宅だから、 その15日後には3階建ての組立が終わった。 これでは、 不同沈下が起こるのは自然の理であり、 当然問題になる。 業者も非を認め、 改修案を提示した。 時間の経過と共に改修案が数種提案されたが、 どの改修案も施主と折り合いがつかない。 困り果てた業者が、 何とかしてくれ、 と調停を申し立てた。
2. 調停申し立て時の業者による改修案
(1) 擁壁工事の不良個所は手直し及び一部解体してやり直す。 地盤面の不陸は、 再転圧して不陸をなくす。
(2) 建物の不同沈下は、 アンダーピニング工法 (と業者は言う) で現状のまま基礎ごと建物を持ち上げ水平にする。
3. 施主要求
擁壁等造成工事及び基礎工事は全てやり直し、 建物は新しいものに取り替える。 但し、 この要求が過大であると調停委員が判断するなら、 協議に応ずる。
4. 調停の成立
(1) 擁壁及び造成工事は、 業者の申し入れを認める。
(2) 基礎は解体し、 杭基礎に造り替える。
(3) 建物は、 ユニット毎に解体移設し、 基礎工事完了後に新基礎上に戻す。
【この結論は、 当初業者が申し入れていた、 改修案と同じ】
5. 本件の問題点
アンダーピニング工法にこのような使い方があることを私 (池本) は知らなかったので、 この提案には驚いた。 まず頭に浮かんだのは、 この工法で十分な杭支持力は得られるのか、 継手の溶接は安全か、 であった。 とにかく以下の理由で、 この工法は拒否し、 基礎は新しい杭基礎で決着した。 業者 (の下請) はよくやっている工法だと言うし、 その後、 本欠陥住宅ネットの建築士会員も数人が認めていることが分り、 又、 品確法の 「住宅紛争処理技術関連資料集」 にも提案されている工法ではあるが、 問題点が多い。
(1) 業者提案の本件工法
設計:建物総重量を杭本数で割って、 杭1本当たり7Tの重量が加わる。 従って、 杭耐力としては、 鋼管杭φ165・5×5・0 (単位mm) で十分である。 杭全長を7mと仮定し、 長さ0・7mの杭を10本つなぎとする。
施工:所定の場所の基礎周りを作業に必要な深さと広さに掘る。 基礎の真下に0.7mの杭を据え、 基礎との間にジャッキを取り付ける。 このジャッキを利用して建物の重量で杭を埋め込む。 杭が埋め込まれたら、 次の0・7mの杭をジャッキと埋め込まれた杭の間に据え付け、 溶接接合をする。 これを繰り返して杭をつなぎ1本の杭が出来上がり、 次の場所に移る。 この要領で必要本数の杭を埋め込み、 最後に建物全体の水平を調整して、 杭頭と基礎を緊結する。
(2) この工法を拒否した理由:①工事中の建物の自重だけの力で埋め込むので、 それ以上の力 (地震時や台風時に加わる鉛直荷重) が加わったときにこの杭が沈下しないという保証がない。 ②杭の位置によって荷重が異なることに対する配慮不足。 ③提案された継手部溶接工法は、 開先や裏当金がなく不完全溶接になる。
6. このアンダーピニング工法の問題点
ここでこの工法の問題提起したい。
(1) 建設省告示第111号 (改正第1623号) 第3によると、 基礎杭の支持力 (長期) は極限支持力の1/3と規定している。 これから考えると、 杭打込み時の支持力は必要支持力の3倍が必要である。 この工法では、 例えばある杭が5Tの支持力が必要なら15Tの圧入力で杭を圧入しなければならない。 ジャッキを使って杭地点で建物を持ち上げることになるが、 一方他の地点では地面が建物を支える。 その両支点間にある布基礎は上部の建物を支えなければならない。 この布基礎は、 上部からの荷重に耐えうるか、 の検討が必要であり、 場合によっては補強が必要となる。 当然杭自体の強度と地盤支持力も15Tに耐えられなければならない。
(2) 建築学会 「建築基礎構造設計指針」 6・1節杭基礎設計の基本事項10では、 「杭の継ぎ手部・先端部は十分に応力を伝達できるものとする。」 となっており、 接合部は母材 (鋼管杭) と同等の強度を求めている。 上記 「設計指針」 より前にあった建築学会 「建築基礎構造設計基準」 では、 溶接接合に対する信頼がまだ足りなかったので、 完全な溶接を求めながら、 溶接接合部1ヶ所につき5%の強度低減を規定していた。 10ヶ所では50%になる。 しかし、 その後に杭の溶接工法の研究が進み、 それらの工法によればほぼ完全な溶接接合部が得られることになったので、 「設計指針」 では低減率を廃止した。
(3) 溶接工法は一般的には3種類ある。 突合せ溶接、 隅肉溶接、 部分溶込み溶接である。 このうち母材と同強度が得られる溶接工法は突合せ溶接のみである。 完全な突合せ溶接を行うには裏当金が必要である。 裏当金とは、 鋼材を溶接する時に出来る溶着金属を裏側に漏らさないようにするために、 溶接面の裏側に取り付ける鋼板である。 (場合によっては裏当金を付けずに、 漏 出た溶着金属を裏側から削り取り、 裏側から再溶接する工法もあるが、 鋼管杭には適さない。) そして鋼材の厚みによっては、 溶接が行い易いように接合面の鋼材を開削する。 これを開先加工と言う。 溶接作業の基本は下を向いて行う下向き溶接であり、 一番容易な溶接工法である。 鋼管杭の溶接は横向溶接になる。 下向きより難しい溶接である上に、 現場作業は工場作業より条件が悪い状態での溶接になるので、 現場溶接に秀でた溶接工でなければならない。 溶接工は横向溶接の資格を持ち、 現場での溶接技量試験に合格した者を採用しなければならない。 また、 上記のように接合部を加工をしなければならない。 その上、 溶接棒の種類や溶接電流及び電圧が適切なものでなければならない。 このように完全な溶接を求めるには、 種々の条件が必要である。 ただ何となく溶接したのでは、 不完全溶接になり、 危険である。
(4) 鋼管杭協会では、 JASPPジョイント工法を開発し、 鋼管杭メーカーはこれに対応できる体制を取っている。 鋼管杭はJISA5525で規格化されており、 突合せ溶接に絶対欠かせない裏当金も杭のサイズに合わせて用意している。 JISは径300mm以上厚さ6mm以上である。 細径薄肉の鋼管杭の溶接は非常に難しい。 又、 建設省告示第1347号 (H12.5.23) の2. 三のニでは鋼管杭の肉厚は6mm以上とし…、 と規定している。
結論:品確法の 「住宅紛争処理技術関連資料集」 にある 「K-1-2、 基礎のジャッキアップ+鋼管圧入工法」 (別名アンダーピニング工法) は、 溶接に全く触れていないこともあり、 安易に使うと問題が起こる可能性が大きい。 地質調査、 圧入工法及び溶接工法について十分な事前検討が必要である。 そして係争時に、 この 「資料集」 の一人歩きが恐ろしい。 以 上
調停で知ったアンダーピニング工法 池本智汎(宮崎・建築士)
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