本文へ


連載 欠陥住宅訴訟と建築士③混構造3階建て住宅の事例(後編) 平野憲司(大阪・建築士)

トップ > 欠陥住宅に関する情報 > ふぉあ・すまいる > 連載 欠陥住宅訴訟と建築士③混構造3階建て住宅の事例(後編) 平野憲司(大阪・建築士)

【連載】欠陥住宅訴訟と建築士③
混構造3階建て住宅の事例(後編)
一級建築士 平野憲司(大阪)

前回は、被告側主張をサポートする優れた建築士の「見解」を紹介しました。
「見解」には二つの問題点があります。一つは建築基準法(以下「法」という。)に定められた壁式鉄筋コンクリート造の仕様規定違反を容認する問題点で す。具体的には、基礎梁の未設置、壁厚の不足、壁梁幅の不足、2階床版の未設置等の問題です。もう一つは不十分な構造計算、あるいは構造計算結果に対する 評価の問題点です。
この2点は、本件訴訟の「見解」に限らず欠陥住宅訴訟における加害者側建築士の主張の特徴です。

1.建築基準法の仕様規定違反を容認する加害者側建築士の問題
建築士が行う日常の構造設計は、法が定める構造方法で行います。その際、法が定める構造計算によって建築物が構造耐力上安全であることを確認すると共に、法が定める仕様規定に適合することを前提に構造設計を行います。
しかし、構造の仕様規定違反の欠陥住宅事件では法に適合する補修費用は高額になるため、加害者側建築士は構造計算によって構造耐力上の安全性を主張し、仕様規定違反を容認するのが特徴です。
この問題で大事なことは、建築基準法は第1条に定めているように建築物の構造に関する「最低の基準」である点です。つまり、法が定める構造の仕様規定は最低の基準であり、多くの実験や知見等によって、総合的見地から規定されたものです。
一方、加害者側建築士は、法の「ただし書」を根拠にして構造計算で安全性を確認すれば、建築物は安全だと主張します。しかし、法は加害者側建築士の主張 を容認していません。具体的には、法第20条第2号は「次に掲げる建築物にあっては、前号に定めるもののほか、政令で定める基準に従った構造計算によって 確かめる安全性を有すること」と定めています。「前号に定めるもの」とは「建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合すること」 です。したがって、建築物の構造は政令で定めた仕様規定に適合しなければなりません。
法と加害者側建築士の主張のギャップは、建築物の安全性に対する判断の相違によるものです。
法は実験や知見等を通して総合的見地から、建築物の安全に関して最低の技術的基準を定めているのに対して、加害者側建築士は構造計算のみに限定して安全性を主張します。
法治国・日本の国家試験で取得した1級建築士が専門技術を社会的に用いる場合は、建築基準法に則ることが前提でなければなりません。
欠陥住宅訴訟では、加害者側建築士の主張に対して建築基準法を根拠に総合的に反論し、法が定める技術的基準の考え方を裁判官に正しく理解してもらうことが大事です。

2.加害者側建築士の構造計算の問題
加害者側建築士が構造計算によって建築物の安全性を主張する場合は、以下の事項に注意する必要があります。
1) 構造モデルは妥当か。
2) 構造計算の使用プログラムは妥当か。
3) 確認申請書の設計荷重や材料強度が変更されていないか。
4) 法が定める構造計算が行われているか。
5) 確認申請書の計算ルートが変更されていないか。
6) 構造の瑕疵内容に応じた構造計算が行われているか。
7) 構造計算結果の評価は妥当か。
8) 震災時に被害がないことを根拠に建築物が安全であると主張していないか。
本件建物の場合、「見解」の構造計算は、
1) 確認申請書のコンクリート強度180kg/cm2を根拠もなく210kg/cm2に変更している。
2) 構造耐力上主要な部分(壁梁、地中梁、基礎床版)の許容応力度計算が行われていない。
3) 異種構造接合部の構造計算が行われていない。
等の問題がありました。構造計算の問題点が明らかになれば、問題点に焦点を合わせて反論することが大事です。

3.判決及び「見解」に対する意見
本件訴訟は建替費用を求める損害賠償請求事件でした。
建替費用を求める事件では下記事項に注意して主張することが大事です。
1) 欠陥住宅の建築に至った事情
2) 建築物の欠陥の重大性
3) 建築物の補修の技術的経済的可能性
以下、本件訴訟における私の意見の概要を紹介します。

1) 欠陥住宅の建築に至った事情
本件建物が欠陥構造の建築に至った事情を、被告の陳述書及び証人調書を引用して以下のようにまとめました。
「本件建物の3階建て混構造の欠陥は、○○建設の下記の企業体質による低い技術力によって生み出されたものである。
① ○○建設は建築関係法令に規定された技術基準を遵守しない企業である。
② ○○建設は建築士を雇用しておらず、建築の専門技術を有しない企業である。
③ ○○建設は設計図を作成せず、経験則に基づく建築技術で工事を行う企業である。
④ ○○建設の経験則に基づく技術力は建築関係法令に規定された最低の技術基準を下回っている。」

2) 建築物の欠陥の重大性
「見解」については概略以下の意見を述べました。
① 建設省住指発第113号(通達)は、通達の構造設計方法に適合する建築物については法第38条の規定に基づき令第3章と同等以上の構造耐力があるものと認めている。
また、通達は、鉄筋コンクリート造の構造部分については令第3章第6節および告示第1319号の規定によるとしている。
しかし、本件建物1階の壁式鉄筋コンクリート造は、基礎梁の未設置、壁厚の不足、壁梁幅の不足、2階床版の未設置が明らかであり、令第3章第6節及び告示第1319号の規定を遵守しない構造である。
② 「見解」が構造計算の根拠にしている「壁式鉄筋コンクリート造設計施工指針」には、「本告示(第1319号)に適合しない壁式鉄筋コンクリート造の建築物については、法第38条による建設大臣の認定を受けることとする。」と明記されている。
したがって、「見解」は一建築士の憶測ないし希望的観測に過ぎないものである。
③ 通達は、混構造の構造計算について、荷重及び外力、許容応力度計算、層間変形角の計算、剛性率・偏心率の計算、異種構造の接合部の構造計算の五つを定めている。
しかし、「見解」は構造耐力上主要な部分の許容応力度計算及び異種構造の接合部の構造計算が行われておらず、不十分な構造計算である。

また、現状の欠陥住宅訴訟では、仕様規定違反の立証だけでは瑕疵が認定されたとしても、妥当な損害費用が認定されないおそれが多分にあります。そのため、欠陥の重大性を具体的に立証することが大事です。
本件建物では、躯体のひび割れ調査、コンクリートコアの採取と圧縮強度試験、及び壁・壁梁・基礎底版の現況実測と配筋調査を行い、現状の構造概略図を作成したうえで構造計算を行いました。
本件建物は以下の重大な欠陥が明らかになりました。
① 告示第1319号は壁式鉄筋コンクリート造のコンクリートの設計強度を180kg/cm2以上と規定しているが、現状のコンクリート強度は160kg/cm2である。また、確認申請書の設計強度を下回っている。
② 基礎床版の鉄筋に対するコンクリートのかぶり厚さは60mm以上と規定しているが、現状のかぶり厚さは12mmである。
③ 構造耐力上主要な部分は、構造計算によって以下の耐力不足箇所があることを確認した。
a)地中梁の曲げ耐力不足2箇所
b)基礎床版の耐力不足
c)2階壁梁の曲げ耐力不足3箇所
d)1階壁の回転耐力不足1箇所

なお、判決は、阪神・淡路大震災の本件建物への影響について「建築後10年以上にわたり(この間、阪神・淡路大震災等も発生し、本件建物にもその影響 があったものと推認することができる。)、上記欠陥の影響が建物の安全性に関して何らかの形で表面化した形跡は、本件全証拠によっても全く窺うことはでき ないから(鑑定結果においても本件建物は、現在の構造体のままであっても、すぐに倒壊したり、崩壊することは考えにくいとされている。)、通常の台風や地 震で影響を受けるほどの重大な欠陥があるとまでいえるか疑問である。」としています。これに対し概略以下の意見を述べました。
① 震災時の建設地の震度は4程度だと推定され、「気象庁震度階級解説表」によれば建物被害が通常発生しない地震力である。
② 躯体調査の結果、本件建物は鉄筋コンクリート造の壁及び梁にひび割れが発生しており、ひび割れが地震による影響で表面化した形跡の可能性も否定できない。
③ 「通常の台風や地震」がどの程度の風圧力や地震力を想定しているのか不明である。また、本件建物は構造の安全を確認する構造計算時の外力と同等の風圧力及び地震力をこれまで受けておらず、構造の安全性は検証されていない。

3) 建築物の補修の技術的経済的可能性
建物の損害について建替費用を請求する場合は、建物各部位の欠陥を除去する補修費用と解体撤去して新築する補修費用の比較と、補修後に残る建築技術的 問題の双方から検討して、妥当な補修方法を明らかにすることが大事です。なお、構造の補修費用を算出する場合、構造計算結果による瑕疵補修と法が定める仕 様規定違反の瑕疵補修を対象とします。
本件建物では、建物各部位の欠陥を除去する補修費用と解体撤去して新築する補修費用を詳細に算出したうえで、「本件建物の技術的経済的補修方法の考察」として以下の意見を述べました。
「本件建物の1階壁式鉄筋コンクリート造の欠陥箇所を除去する補修方法の費用は35,540,442円である。一方、1階壁式鉄筋コンクリート造を解体して新築する補修方法の費用は37,829,260円である。
したがって、欠陥箇所を除去する補修費用は、解体して新築する補修費用の93.9%に相当し、両者の補修費用の差額は約230万円と少額である。
また、1階壁式鉄筋コンクリート造の欠陥箇所を除去する補修方法は、以下の建築技術的問題が残る。
① 告示第1319号は壁式鉄筋コンクリート造のコンクリートの設計強度を180kg/cm2以上と規定している。しかし、現状のコンクリート強度は160kg/cm2であり、告示の規定を下回る法令違反の問題がある。
② 基礎底版、地中梁、1階壁、2階梁、2階床版の補修コンクリートは打継ぎによるコールドジョイント(コンクリートの一体化の不十分な界面)の問題がある。
③ 1階内壁コンクリートに厚さ100mmの増し打ちコンクリートを打設する補修は、室面積の減少という現状の空間利用を損なう問題がある。
以上から、二つの補修方法の補修費用に大きな差額がないことと、残される建築技術的問題の重要性を総合的に判断すれば、本件建物の補修方法は既存建物を解体撤去して新築する補修方法が妥当である。」

4. 訴訟経過
私は二審で「見解」の批判を中心に私的鑑定書を作成しましたが、二審での建築技術的サポートは一審で関与された建築士が対応しました。被控訴人の準備書面に対して、私が意見書を作成することもなく結審しました。
二審の判決は「被控訴人は控訴人に対し、700万円及びこれに対する平成8年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」というもので した。損害額700万円の内訳は、欠陥調査・鑑定費120万円、慰謝料500万円、弁護士費用80万円です。慰謝料500万円は高額ですが、欠陥の存在を 慰謝料算定における要素として考慮したためです。
判決は実質勝訴の内容ですが、損害額の認定が不十分です。現在、ここで紹介した内容の一部を補充した意見書を提出して上告中です。
良い結果を期待しているところです。
次回は、冷間成形角形鋼管を使用した鉄骨造の訴訟事例を紹介します。

(欠陥住宅全国ネット機関紙「ふぉあ・すまいる」第11号〔2004年4月28日発行〕より)
ふぉあ・すまいる
ふぉあ・すまいる新着
新着情報
2023.11.14
第54回岡山大会のご案内
2023.06.12
2023(令和5)年7月1日(土)欠陥住宅110番のご案内
2023.06.08
第53回名古屋大会配信用URLを通知しました
2023.05.17
第53回名古屋大会のご案内(2023.5.17)
2022.11.18
第52回東京大会のご案内(2022.11.18)