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2つの最高裁判決(平成15年10月10日・平成15年11月14日)報告 田中 厚(大阪・弁護士)

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2つの最高裁判決
(平成15年10月10日・平成15年11月14日)
報告

田中 厚(大阪・弁護士)
最高裁平成15年10月10日判決 ~請負契約における約定に反する太さの鉄骨が使用された建物建築工事に瑕疵があるとされた事例~

1 事案の概要(第1審判決より)
Xは、Yからワンルームマンションの新築工事を請け負い、これを完成、引き渡しを了したとして、Yに対し、当初の請負代金(8500万円)の残金 1597万6000円と延床面積増加に伴う工事代金増加分(640万1829円)及びその他の追加、変更分の工事代金(485万9400円)に消費税 282万7116円を加えた合計金3006万4345円の工事代金の支払いを求めた。  Yは、 (1) 延面積増加の工事は当初の契約内容とされていた、
(2) X主張の「その他の追加変更分の工事」は、当初の契約内容に含まれるものであるか、Xの施工上の瑕疵に基づくやり直し、手直し又は残工事であって、原告が負担すべきものではない、
(3) Yは瑕疵修補に代えた損害賠償請求権を有するので相殺する
旨主張して争った。

2 第1審判決 (神戸地方裁判所・平成13年9月11日判決)
結論
ローテーションキーの代金1万7510円以外は請求棄却(Yの勝訴)
理由
(1) 本件契約代金8500万円の算出根拠となった図面はX主張の契約図面(Xが建築確認を受けやすいように一方的に見積書添付図面を修正して作成した もの)ではなく、見積書添付の図面であること、Xのいう延べ床面積増加は、見積書添付の図面を基準にすれば、延べ床面積は何ら増加していないし(一旦減ら したものを、また増やしただけである)、床面積増加に伴う工事代金の増加もあり得ないこと、XYの合意により、施工図面が確定された後の平成7年11月 30日に、本件工事請負契約が締結されたことに照らせば、床面積の増加変更に伴う工事代金の増額をいうXの主張は理由がない。
(2) 散水栓、外流し台の追加・変更工事費用6万円、別注のローテーションキーの代金1万7000円については認容すべきであるが、Xのその余の追加、変更分の工事代金請求はいずれも理由がない。
(3) Yは、Xに対し総工事代金に対する消費税239万1080円に、当初の本件請負工事残代金1597万6000円と散水栓・外流し台の追加、変更工事費用6万円を加算した合計金1852万7080円の請負工事残代金を支払う義務がある。
これに対してYは下記瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を有している。
① 主柱コラムの寸法についての瑕疵 330万円
② 基礎地中梁及びベースパックの損壊 425万円
③ 3階南・北棟の東部分の軒出し不足 45万円
④ 各階廊下床面と各戸玄関ドア下との間隔が極端に少なく、ドア下がコンクリートにつかえて擦る状態になっている 140万円
⑤ 2・3階ベランダ、廊下の防水工事の瑕疵 100万円
(Xは本件請負工事代金から194万9000円を差し引き請求減縮)
⑥ 各階廊下通路等の床面及び2・3階ベランダ床面に発生した亀裂 360万円・221万4240円
(Xは本件請負工事代金から194万9000円を差し引き請求減額)
⑦ 内装工事の不備 65万円・25万5000円
⑧ 2・3階の廊下手摺り及びベランダ手摺りの各笠木の取り替えないし手直し工事 72万2000円、67万8320円
⑨ ガレージ床面の排水勾配不良 9万円
⑩ エントランス部分のタイル貼り替え 156万8200円
⑪ 手摺りの上に存する垂れ壁の水切り工事の欠損 57万6000円
以上によれば、YはXに対して少なくとも合計2076万3760円の反対債権を有している。Xが自認して代金請求を減額ないし撤回した194万9000円を差し引いてもなお、YはXに対して1881万4760円の反対債権を有することになる。
YはXに対して平成11年7月5日に相殺の意思表示をした。
そうすると、Yの反対債権は少なくとも27万7680円残存するが、Xの本訴請求債権(ローテーションキーの代金請求を除く)は、上記相殺により全部消滅した。
Xは判決を不服として大阪高等裁判所に控訴

3 第2審判決 (大阪高等裁判所・平成14年10月15日判決)
結論
YはXに対して680万5660円及びこれに対する平成8年7月24日から支払い済みまで年6分の割合による金員を支払え
YはXからローテーションキーの引き渡しを受けるのと引き換えに、Xに対し1万7510円を支払え
理由
(1) Yの支払うべき請負工事代金
当初の請負工事代金 8500万円
追加変更工事代金 47万1000円
Xが請求を撤回した代金
工事未了分 7万5000円
廊下・ベランダの補修・防水工事分 194万9000円
消費税 250万2900円
YはXに対し8344万7000円に消費税250万2900円を加えた8594万9900円を支払うべきところ、既に6700万円を支払っていることは当事者間に争いがないから、残額は1894万9900円となる。
(2) 瑕疵修補に代わる損害に関する判断を以下のとおり変更
主柱コラムの寸法についての瑕疵
「……本件契約を締結する際、Yは重量負荷を考慮して、特に南棟の主柱を300ミリ×300ミリにすることを求め、Xの承諾を得たこと、しかし、X は、一度は承諾しながら、構造計算上安全であったため、南棟の主柱も当初の計画どおり250ミリ×250ミリで施工したことが認められる。」
「……南棟の主柱が250ミリ×250ミリであっても、構造計算上、居住建物としての安全性に問題のないことが認められ、……この契約違反が瑕疵であると認めることはできない。」
基礎地中梁及びベースパックの損壊
「……損害は、……300万円が相当である。」
各階廊下通路等の床面及び2・3階ベランダ床面に発生した亀裂
「……損害は100万円が相当である。」
手摺りの上に存する垂れ壁の水切り工事の欠損 56万8720万円
瑕疵の修補に代わる損害賠償請求権は 合計1112万7240円
(3) 慰謝料
「Yは、控訴人の工事の遅延、瑕疵ある工事等、特に本件建物の安全性に大きく影響する基礎地中梁等の損壊により、多大の精神的苦痛を受けたものと解され、その慰謝料は100万円が相当である。」
(4) YがXに支払うべき金額  XのYに対する債権
請負代金等の残額 1893万2900円
YのXに対する債権
瑕疵に代わる損害賠償請求 1112万720円
慰謝料 100万円
XはYに対して差し引き680万5660円及びこれに対する平成8年7月24日から支払い済みまで年6分の割合による遅延損害金の請求を求めることができる。
Yが上告(上告受理申立)

4 最高裁判決 (最高裁第2小法廷・平成15年10月10日判決)
結論
原判決破棄、大阪高裁に差し戻し
理由
(1) 南棟の主柱に係る工事の瑕疵に関する点について
「上告人は,平成7年11月,建築等を業とする被上告人に対し,神戸市灘区内において,学生,特に神戸大学の学生向けのマンションを新築する工事(以 下「本件工事」という。)を請け負わせた(以下,この請負契約を「本件請負契約」といい,建築された建物を「本件建物」という。)。
上告人は,建築予定の本件建物が多数の者が居住する建物であり,特に,本件請負契約締結の時期が,同年1月17日に発生した阪神・淡路大震災により, 神戸大学の学生がその下宿で倒壊した建物の下敷きになるなどして多数死亡した直後であっただけに,本件建物の安全性の確保に神経質となっており,本件請負 契約を締結するに際し,被上告人に対し,重量負荷を考慮して,特に南棟の主柱については,耐震性を高めるため,当初の設計内容を変更し,その断面の寸法 300×300の,より太い鉄骨を使用することを求め,被上告人は,これを承諾した。
ところが,被上告人は,上記の約定に反し,上告人の了解を得ないで,構造計算上安全であることを理由に,同250×250の鉄骨を南棟の主柱に使用し,施工をした。
本件工事は,平成8年3月上旬,外構工事等を残して完成し,本件建物は,同月26日,上告人に引き渡された。
原審は,上記事実関係の下において,被上告人には,南棟の主柱に約定のものと異なり,断面の寸法250×250の鉄骨を使用したという契約の違反があ るが,使用された鉄骨であっても,構造計算上,居住用建物としての本件建物の安全性に問題はないから,南棟の主柱に係る本件工事に瑕疵があるということは できないとした。
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,本件請負契約においては,上告人及び被上告人間で,本件建物の耐震性を高め,耐震性の面でより安全性の高い 建物にするため,南棟の主柱につき断面の寸法300×300の鉄骨を使用することが,特に約定され,これが契約の重要な内容になっていたものというべきで ある。そうすると,この約定に違反して,同250×250の鉄骨を使用して施工された南棟の主柱の工事には,瑕疵があるものというべきである。これと異な る原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
(2) 遅延損害金の起算日について
「記録によれば,上告人は,被上告人に対し,平成11年7月5日の第1審第3回弁論準備手続期日において,本件建物の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権 2404万2940円を有すると主張して(なお,上告人は,原審において,その主張額を増額している。),この債権及び慰謝料債権を自働債権とし,被上告 人請求の請負残代金債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。
原審は,上記相殺の結果として,上告人に対し,上告人の請負残代金債務1893万2900円(ただし,ローテーションキー2個との引換給付が命じられ た1万7510円を除いた金額である。)から瑕疵の修補に代わる損害の賠償額1112万7240円及び慰謝料額100万円の合計1212万7240円を控 除した残額680万5660円及びこれに対する被上告人が上告人に送付した催告状による支払期限の翌日である平成8年7月24日から支払済みまで商事法定 利率年6分の割合による遅延損害金の支払を命じた。
しかしながら,原審の遅延損害金の起算点に係る上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
請負人の報酬債権に対し,注文者がこれと同時履行の関係にある目的物の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思 表示をした場合,注文者は,請負人に対する相殺後の報酬残債務について,相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うものと解すべきである (最高裁平成5年(オ)第2187号,同9年(オ)第749号同年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2581頁)。
そうすると,本件において,上告人は上記相殺の意思表示をした日の翌日である平成11年7月6日から請負残代金について履行遅滞による責任を負うものというべきである。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

(3) 「以上によれば,論旨は,上記の各趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,瑕疵の修補に代わる損害賠償債権額について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北川弘治、裁判官 福田 博、裁判官 亀山継夫、裁判官 梶谷 玄、裁判官 滝井繁男)」

最高裁平成15年11月14日判決 ~建築確認申請書に自己が工事監理を行う旨の実態に沿わない記載をした一級建築士が建築主に工事監理者の変更の届出をさせる等の適切な措置を執らずに放置した行為が当該建築主から瑕疵ある建物を購入した者に対する不法行為になるとされた事例~

1 事案の概要 (控訴審判決の判例タイムスの解説より)
Aは一級建築士であり、設計事務所であるY会社の代表取締役であるが、建築請負業者であるBの依頼で、建売業者である本件建物の建築について、建築確認 申請の代理と確認申請図面の作成を引き受けた。しかし、工事監理までは引き受けなかった。ところで、建築基準法上は、確認申請の時に工事監理者を定めてお く必要はないが、当市ではこれを定めるよう指導されていて、そうしないと事実上建築確認を得ることができない。そこで、Yでこの仕事を担当したAは、確認 申請書の工事監理者名欄に、一級建築士の肩書きを付したAの氏名を記載し、かつ、Aが工事監理をすることを承認する旨記載して署名押印した「建築基準法5 条の2の規定による工事監理者の選定(変更)について(届)」と題する書面を添付して、これらを建築主事に提出し、Bのため建築確認を得た。その後Bは、 Aの工事監理がないまま本件建物を建築して、建売住宅としてX(原告・控訴人)に販売したが、右建物には著しい欠陥があったため、Xは、売買契約を解除し て、Bに対して支払い済み代金と損害賠償を請求し、先に訴訟上これが認容されたが、Bには資力がない。  Xは、Aは建築士法18条1行の義務に違反した等と主張して、Yに対して、損害の賠償を求めた。

2 一審判決 (大阪地裁・平成11年6月30日判決)
Xの請求棄却。  Xは大阪高等裁判所に控訴。

3 二審判決 (大阪高裁・平成12年8月30日判決) 判例タイムズ1047号221頁
結論
Yは、Xらに対し、いずれも245万円を支払え。
理由 (判例タイムズの解説)
Aは、自らが工事監理者となることを表明して建築確認を得させたのであるから、Bが工事監理者なしに工事をし危険な建物を建築することのないよう配慮す べきであり、その配慮を欠く場合には、建築士法18条1項の誠実に業務を行う義務に違反したというべきである。Aはこのような配慮をすることなく、工事監 理関係について放置したのであるから、右義務に違反したものというべきであり、Aを代表取締役とするYは、Aが右義務を怠った結果Xが被った損害につい て、右義務違反と相当因果関係にある限度でこれを賠償する義務がある。 (判決引用)  「そこで、右損害の範囲について検討すると、控訴人らの損害は栄光企画の著しい手抜き工事により発生したものであるが、前記認定ほどの違法工事が行われ ることはあまり例のない事態であり、必ずしも容易に予見できたとまでは言い難いことと、工事監理者の変更は栄光企画限りででできるところであり、山崎が栄 光企画において正当に変更の手続をして工事をしているのであろうと考えたとしてもある程度やむを得ない面がないとはいえないこと、及び山崎の義務違反の性 質に照らすと、山崎の前記注意義務違反は、控訴人らが被った損害を2455万5460円として、その1割は、それぞれ、245万円になる。」
Yが上告

4 最高裁判決 (平成15年11月14日第2小法廷判決)
結論
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由(全文引用・下線部報告者)
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は建築,土木工事の設計及び監理を目的とする有限会社であり,その代表者であるAは一級建築士である。
(2) B株式会社は,大阪市東成区内において建売住宅を建築し,販売することを計画し,平成6年5月30日,上告人に対し,建築予定の本件建物につき, 建築確認申請に用いるための設計図書の作成を依頼するとともに,建築確認申請手続の代行を委託した。本件建物の建築工事は,建築基準法(平成10年法律第 100号による改正前のもの。以下「法」という。)上,その規模,構造から,一級建築士又は二級建築士の設計及び工事監理によらなければ,することができ ないものであった(法5条の2)。
(3) Aは,上記設計図書を作成し,平成6年6月2日,これらを添付図書として,B株式会社のために本件建物の建築確認申請(以下「本件建築確認申請」 という。)を行った。その際,Aは,建築確認申請書の工事監理者欄に一級建築士の肩書を付した自己の氏名を記載するとともに,Aを工事監理者とする旨の選 定届(Aが工事監理をすることを承諾する旨の記載及びAの記名押印のあるもの)を作成し,これを上記建築確認申請書に添付した。
大阪市は,建築基準法施行規則上,建築主が工事着手前にすべきものとされている工事監理者の届出について,建築士による工事監理を義務付ける法的規制を 実効性のあるものとするため,建築確認申請の段階において,建築主に対し,申請に係る建築工事の工事監理者を定め,これを建築確認申請書に記載すべきこと を指導していた。Aがした上記の記載等は,B株式会社が,本件建築確認申請において,大阪市の上記の指導に対処するため,Aに対し,工事監理者は未定であ るが,建築確認申請書にはAを工事監理者として記載しておいてほしい旨要請し,Aがこれに応じて作成したものであった。当時,両者の間には,工事監理契約 が締結されておらず,将来,締結されるか否かも未定であった。
(4) 建築主事は,同月24日,本件建築確認申請につき,添付された上記設計図書及び工事監理者選定届等に基づき,建築物の計画が建築基準関係規定に適 合するものであることの確認をした。上告人は,上記設計図書の作成及び建築確認申請手続の代行の報酬として,B株式会社から116万8000円の支払を受 けた。
(5) その後,上告人又はAとB株式会社との間で,本件建物の建築工事につき工事監理契約が締結されることはなく,Aが,本件建物の建築工事につき工事 監理に当たることもなかった。Aは,本件建物の建築工事の開始時までに工事監理の依頼がない場合には,B株式会社がその従業員の中の有資格者を工事監理者 とするなどして工事を実施するものと考えており,また,建築確認申請の際の届出と異なる者に工事監理をさせる場合には,工事着手前に建築主が変更の届出を すれば足りる取扱いであったことから,建築の確認がされて以降,本件建物の建築工事に関し,B株式会社に上記の変更の届出をさせる等の措置を何ら執ること なく,放置した。
(6) B株式会社は,建築主兼施工者として本件建物の建築工事を行ったが,その際,建築確認を受けるために用いた上記設計図書を使用せず,これとは異な る施工図面に基づき,しかも,実質上,工事監理者がいない状態で建築工事を実施した。そのため,上記設計図書によれば,1階部分の柱として断面の寸法 200㎜×200㎜の角型鉄骨を,2階及び3階部分の柱として同150㎜×150㎜の角形鉄骨を,それぞれ使用すべきものとされているのに,実際には,い ずれについても同148㎜×100㎜のH型鋼を使用したり,基礎工事についても,べた基礎とし地中はりを施工すべきものとされているのに,地中はりを施工 せず,独立基礎としたりするなど,重要な構造部分において建築確認を受けた建築物の計画と異なる工事が実施され,その結果,本件建物は,法が要求する構造 耐力を有しないなど,重大な瑕疵のある建築物となった。
(7) 被上告人らは,同年9月1日,B株式会社から本件建物をその敷地と共に購入し,代金4420万円を支払った。ところが,本件建物は,新築であるに もかかわらず,車両通行時の振動が大きいこと,外壁に多数の亀裂が生じたことなどから,被上告人らは,その安全性に疑問を抱くようになった。被上告人ら は,平成8年2月1日,B株式会社に対し,本件建物に瑕疵があるとして,本件建物及びその敷地の売買契約を解除する旨の意思表示をした。

2 本件は,被上告人らが,上告人に対し,Aは建築士法(平成9年法律第95号による改正前のもの。以下同じ。)18条1項に基づき,建築士としてその業 務を誠実に遂行すべき義務を負っているのにこれを怠ったことにより,被上告人らが損害を被ったと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。 上告人は,B株式会社との間では本件建物の建築工事についての工事監理契約を締結していないのであり,本件建物に係る建築確認申請書にAを工事監理者とす る旨の記載をしたからといって,これにより上告人が被上告人らに対して賠償責任を負うものとはいえないなどと主張した。

3 建築士法3条から3条の3までの規定は,各規定に定められている建築物の新築等をする場合においては,当該各規定に定められている一級建築士,二級建 築士又は木造建築士でなければ,その設計又は工事監理をしてはならない旨を定めており,上記各規定に違反して建築物の設計又は工事監理をした者には,罰則 が科せられる(同法35条3号)。法5条の2の規定は,上記規制を前提として,建築士法の上記各規定に定められている建築物の工事は,当該各規定に定めら れている建築士の設計によらなければ,することができないこと,その工事をする場合には,建築主は,各規定に定められている建築士である工事監理者を定め なければならず,これに違反した工事はすることができないことを定めており,これらの禁止規定に違反した場合における当該建築物の工事施工者には,罰則が 科せられるものとされている(法99条1項1号)。そして,建築士法18条の規定は,建築士は,その業務を誠実に行い,建築物の質の向上に努めなければな らないこと(同条1項),建築士には,法令又は条例の定める建築物の基準に適合した設計をし,設計図書のとおりに工事が実施されるように工事監理を行うべ き旨の法的責務があることを定めている(同条2項,3項)。
建築士法及び法の上記各規定の趣旨は,建築物の新築等をする場合におけるその設計及び工事監理に係る業務を,その規模,構造等に応じて,これを適切に 行い得る専門的技術を有し,かつ,法令等の定める建築物の基準に適合した設計をし,その設計図書のとおりに工事が実施されるように工事監理を行うべき旨の 法的責務が課せられている一級建築士,二級建築士又は木造建築士に独占的に行わせることにより,建築される建築物を建築基準関係規定に適合させ,その基準 を守らせることとしたものであって,建築物を建築し,又は購入しようとする者に対し,建築基準関係規定に適合し,安全性等が確保された建築物を提供するこ とを主要な目的の一つとするものである。このように,建築物を建築し,又は購入しようとする者に対して建築基準関係規定に適合し,安全性等が確保さ れた建築物を提供すること等のために,建築士には建築物の設計及び工事監理等の専門家としての特別の地位が与えられていることにかんがみると,建築士は, その業務を行うに当たり,新築等の建築物を購入しようとする者に対する関係において,建築士法及び法の上記各規定による規制の潜脱を容易にする行為等,そ の規制の実効性を失わせるような行為をしてはならない法的義務があるものというべきであり,建築士が故意又は過失によりこれに違反する行為をした場合に は,その行為により損害を被った建築物の購入者に対し,不法行為に基づく賠償責任を負うものと解するのが相当である。
このような見地に立って,本件をみると,前記の事実関係によれば,上告人の代表者であり,一級建築士であるAは,前記1記載のとおり,建築確認申請 書にAが本件建物の建築工事について工事監理を行う旨の実体に沿わない記載をしたのであるから,Aには,自己が工事監理を行わないことが明確になった段階 で,建築基準関係規定に違反した建築工事が行われないようにするため,本件建物の建築工事が着手されるまでに,B株式会社に工事監理者の変更の届出をさせ る等の適切な措置を執るべき法的義務があるものというべきである。ところが,Aは,前記1及び記載のとおり,何らの適切な措置も執らずに放置し,これ により,B株式会社が上記各規定による規制を潜脱することを容易にし,規制の実効性を失わせたものであるから,Aの上記各行為は,上記法的義務に過失によ り違反した違法行為と解するのが相当である。そして,B株式会社から重大な瑕疵のある本件建物を購入した被上告人らは,Aの上記違法行為により損害を被っ たことが明らかである。したがって,上告人は,被上告人らに対し,上記損害につき,不法行為に基づく賠償責任を負うというべきである。
4 そうすると,上告人の損害賠償責任を認め,被上告人らの請求の一部を認容した原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。  (裁判長裁判官 亀山継夫、裁判官 福田 博、 裁判官 北川弘治、裁判官 梶谷 玄)

5 参考判例
なお、名義貸建築士に、欠陥住宅の取壊し建替えに必要な工事費用全額の賠償責任を認めた判例として、大阪高等裁判所平成13年11月7日判決(判タ1104・216)(「消費者のための欠陥住宅判例2」にも所収)(上告されなかったため確定)がある。

(欠陥住宅全国ネット機関紙「ふぉあ・すまいる」第11号〔2004年4月28日発行〕より)
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